ニュル24耐久「SUBARUのお店」のメカニックかく戦えり
【番外編】2019ニュルブルクリンク24時間耐久レース観戦記
みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
唐突ですが遠くドイツはラインラント=プファルツ州に来ております。
第47回ニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場する、SUBARU WRX STI NBRチャレンジ2019を応援するためであります。
ADAC(Allgemeiner Deutscher Automobil-Club e.V.:ドイツ自動車連盟:日本のJAFに相当する)が主催するこの大会。レース名に「24」の数字が冠してある通り、土曜の午後3時半から翌日曜の3時半まで、24時間ぶっ通しで走り続け、「どのクルマが一番長い距離を走ったか」を競い合う、文字通りの耐久レースです。
24時間ぶっ通しのレース。観客も酒を飲んだり焚き火をしたり、思い思いの時間を過ごしている。
自動車メーカーが威信とカネをかけた“事実上”のワークスチームから、クルマ好きのお父さんが組んだプライベーターまで、決勝進出のクルマだけで実に158台。みんな大好きSUPER GTのGT300クラスと同じFIA-GT3規格に準拠したバリバリのレーシングカーが出てくるトップカテゴリーのSP9がある一方で、古いVWゴルフやオペルの改造車などが頑張って走っているのですから、混戦は必至であります。
「ピンからキリ」という言い方をするならば、こちらはキリのカテゴリー。ストレートではピンのクルマに時速100km近い速度差でブチ抜かれることになる。
総延長25kmの長距離コースとはいえ、これだけの数のクルマが、しかも最高速度もコーナリングスピードも圧倒的に異なるレーシングカーがひしめき合うのはそりゃ危なかろう、ということで、安全を確保するために可能な限り車両を分散させようと、スタートは排気量順に3つのグループに分けられています。
ご覧くださいこの賑わい。決勝に出場したクルマは158台。スターティンググリッドは人とクルマで溢れています。世界最大の草レースと呼ばれる所以であります。
我らがSUBARUは2.0リットル以下のターボエンジン搭載車クラスである「SP3T」にカテゴライズされ、最後にスタートする第3グループに当たります。それぞれのグループは3分の時間差でスタートするので、トップから6分遅れでスタートすることになります。6分もあれば、トップのクルマは既にコースの3分の2以上を走り抜けているわけでして、一番後ろのクルマ(予選で一番遅いクルマですから、当然走るのも遅い)がようやくスタートする頃には、すぐ後ろにポルシェやらメルセデスやらの怖い顔をしたGT3マシンがゴリゴリと迫ってくるのです。
2000ccターボのSUBARU WRX STIは、第3グループからのスタート。予選でSUBARUより遅かったクルマが、レギュレーションの関係で前の方にたくさん並んでいます。
接触によるスピンやコースアウトなどあたり前田のクラッカー。周回を重ねるにつれ、派手に転がるクルマや、ペシャンコに潰れるクルマが出てきます。クルマが玉石混交なら、レーサーの腕前もまた同断でありまして、こうなると「当てられない」「潰されない」ことも重要なスキルと申せましょう。コーナーから弾き出される事故も多いのですが、見ているとストレートにおける事故が非常に多い。高度なレース展開に “見合わない”腕前のドライバーも、資格さえ満たせば出場“できてしまう”のがニュル24時間の美点でもあり欠点でもありましょう。
申しわけございません。美人さんがたくさんいたのでつい……。
イエローフラッグが振られ、60km/hの速度制限期間中、前方不注意の格下のクルマに直線でカマを掘られてしまった香港チームのGT-Rなどは、その欠点が露呈した典型例です。
レースメカニックに8人の“レース素人”
さて、読者諸兄に今回もっともお伝えしたい点は、STIチームのレースメカニックに、8人の“レース素人”が入っていることです。素人と呼んでしまうのはいささか失礼かもしれませんが、彼らは全国のSUBARU販売店から選抜された、「ディーラーのメカニック」です。自動車整備という観点からすればプロには違いありませんが、コンマ1秒を争うレースメカニックとなると、残念ながら“素人”と言わざるをえない。
彼らが世界に挑戦する、全国のSUBARU販売店から選抜された究極の“素人”レースメカニック。
STIにはレース慣れし、鍛え抜かれた腕利きのレースメカニックが大勢揃っています。彼らを連れて来れば話は早い。無論効率もはるかに良い。あるいは現地でレースのサポートを請け負う専門業者に依頼するという手もある。彼らは百戦錬磨の「腕貸し」集団ですから、払う物さえ払えば間違いなく一定のパフォーマンスを発揮してくれる。ある意味カネで解決できてしまうのです。しかしSUBARUは「あえて」素人を連れて来ている。なぜか。
素人集団、奮闘しております。ナットがうまく締まらなくてヒヤッとするような場面もありました。
そこには「メカニックの技術力向上」という狙いがあるからです。
もちろん販売店のメカニックも、「限られた時間の中でお客様のクルマを完全に仕上げる」というミッションはありましょう。お客さんの大切なクルマを預かるのですから、ミスが許されないのも同じです。しかしレースとなると、ましてやニュルのような世界の晴れ舞台となると話は違う。小さなミスが致命的なタイムロスに、あるいはドライバーを傷付けるような大きな事故にもつながりかねない。その責任の重さと緊張感は桁違いです。
いい話の最中に申しわけございません。美人さんがいたものですからつい……。
24時間揉まれに揉まれ、鍛え抜かれ磨き上げられた彼らは、間違いなく一本ビシッと筋が通り、それこそ本物の「男」になってそれぞれの職場に帰っていく。そこで24時間の辛く苦しいレースで培ったスピリッツを伝播することになるのでしょう。
レース直後。24時間戦い抜いた彼らの自信に満ち溢れた表情を見よ!
そんな彼らに整備してもらえるSUBARUの顧客は、まさに僥倖と言えましょう。
一丁前の男になった彼らの整備に特別料金はありません。
今まで通りの料金で、ニュルと同レベルの整備をしてもらえる。
今回は特別に、その八人衆の情報を開示します。
フェルの記事を読んで来た、といえば整備費用が2割引きに……なるわけないですね。
逆に人気が出て指名料等がかかかるようになっているかもしれません(笑)。
北海道スバル 高橋学希(敬称略、以下同)
福島スバル自動車 浦山大介
北陸スバル自動車 上田佳孝
静岡スバル自動車 野澤佑介
名古屋スバル自動車 三木武士
大阪スバル 山川征俊
滋賀スバル自動車 伊室洋治
広島スバル 霜﨑芳樹
車体にもキッチリ彼らの出身母体の名が刻まれています。
さてさて、肝心のレース結果ですが、結論から申し上げると、SUBARUは今年も大余裕でSP3Tのクラス優勝を果たしました。
予選は158台中53位で通過したのですが、排気量の関係で、スタートは先述の通り第3グループからになります。つまり、「格上だけどSUBARUより遅いクルマ」が何十台も前にいるわけです。それらをかき分けかき分けしながら走らなければならないのです。
決勝の結果はクラス優勝。総合19位。24時間で厳しいニュルのコースを145周(約3763km)も走り抜きました。並み居る格上の欧州勢はもちろんこと、TOYOTA GAZOO Racingから参戦した、明確に格上のLEXUS LC(133周) とGRスープラ(137周)にも大差を付けての勝利です。さすがと言うほかありません。
SUBARUの人たちはなぜか控えめ
ところがSUBARUの人はみなさん控えめでいらっしゃいまして、「トヨタに勝ちましたよね」と問いかけても、誰もが口を濁すのです。「いや、まあ、クラスが違いますしね。一概に比較はできないわけですよ」とか「ウチはこのクルマで既に5回も出場しています。スープラさんはほら、今回が初出場だから……」とか、何かモゴモゴするわけです。何かスキッとしませんね。この辺は帰国したらSUBARUの方にさらにシツコク聞いてみようと存じます。
クラス優勝。決勝では総合でも158台中19位という貫禄の横綱相撲。
最初から最後まで見事なノーミス。ディーラーメカニック陣も(タイヤ交換時のナット締めに手間取ったり、工具箱を蹴飛ばして叱られたり、という凡ミスもありましたが……)奮闘し、勝利に大きく貢献したのでした。ホント、最後までヘコたれずによく頑張りました。
クルマは特段のトラブルがなければおよそ9周に1回のペースでピットインしてくる。給油は普通のガソリンスタンドにあるようなガンで行われる。
ピットインを重ねるごとに、彼らの表情に余裕と自信が生まれてきたのが印象的でした。
わずか24時間で、人はここまで成長できるのだなぁ……と真夜中のピットで柄にもなく感慨に浸りました。若いメカニック諸君が、ものすごく眩しく見えたものでした。
最近若い衆に仕事を丸投げして、ラクばかりしていたものなぁ。
私もユルフン締め直して、頑張らなければいけません。
ニュルと言えばこの人。GT-Rの田村宏志さん。ストレートの真横に立地し、サーキットが一望できるドリントホテルに陣取り、アチコチで暗躍しておられました。
ちなみに今回のレースに出た WRX STI。
市販車の改造ですから、元になったクルマは誰でも買うことができるそうです。
無論エンジンはカリカリにチューンしてありますが、エアリストリクター(吸気口)の直径が37mmと厳しく制限されていますので、最終的に出せる馬力は「市販車とそれほど変わらないよ。最高速も大差ない」(辰己英治STI総監督)とのことでした。
排気量2リットルで340馬力のパワー、47kgf・mのトルクを絞り出すエンジン。市販車のエンジンを一度バラバラにして、1つひとつのパーツを磨いてバランス取りして丁寧に組み上げていきます。ちなみに市販のSTIは308馬力の43.0 kgf・mです。
見てるうちにWRXに乗りたくなってきた
しかしニュルのレースはすごかった。急にWRXに乗りたくなってきたぞ。
せっかくだから近々「ニュルの覇者」のお味を確かめておきましょう。
当日はサーキット横のカンファレンスセンターでグランツーリスモの「ワールドツアー2 in ニュルブルクリンク」が開催されていた。プレステ4とグランツーリスモSPORTも欲しい。ああお買い物リストが真っ黒になっていく……。
レース車両のスペックは以下の通りです(出典はこちら)。
車両名 SUBARU WRX STI NBR CHALLENGE 2019
全長 5120mm
全幅 1900mm
全高 1395mm
ホイールベース 2700mm
エンジン EJ20 BOXER DOHC 16バルブ AVCS シングルスクロールターボ
排気量 1994cc
最高出力 250kw(350ps) / 5500rpm
最大トルク 461Nm(47kgf・m) / 3000rpm
エアリストリクター φ37
変速機 6速シーケンシャルギヤボックス+パドルシフト
クラッチ 小倉クラッチ製 メタルマルチプレート
サスペンション フロント : ストラット / リア : ダブルウィッシュボーン
ブレーキ フロント :brembo製6ポット / リア :brembo製4ポット
ホイール BBS製18 × 10J
タイヤ FALKEN
というわけで来週の週中にはSTI辰己総監督のインタビューをお届けします。前もってお断りしておきますが、超脱線してレースの話にはほとんど触れていません。
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