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 名取鉄平。山梨県の産。2000年9月11日生まれの弱冠18歳。

 この若きレーシングドライバーは、F1のシートを目指して今年からFIAのF3に参戦している。名取氏は2017年のスーパーFJ日本一決定戦で優勝し、その実績から佐藤琢磨氏が校長を、そして中野信治氏が副校長を務める鈴鹿サーキットレーシングスクールでスカラシップを獲得した。翌18年にはFIA-F4選手権に参戦し、初年度でランキング2位を獲得するという活躍をみせた。そして2019年。“満を持して”のF3参戦である。

 インタビューはスペインはバルセロナ、カタロニア・サーキットで開催されたFIAーF3の開幕戦直後のモービルホームの中で行われた。

名取鉄平選手。

F:お疲れのところ申しわけございません。少しだけお話を聞かせてください。

名取選手(以下名):大丈夫ですよ。どうぞ。

F:18歳で海外で活躍されるというのは本当にすごいことだと思うのですが、名取さんは何歳からレースを始めているのですか?

:レースを始めたのはちょっと遅めで、8歳からです。

F:8歳? 8歳で遅いんですか(笑)。

:今のレースの世界では、もう8歳じゃぜんぜん遅いです。早い子は3歳から始めています。

F:3歳で始めるとなると、それは自分の意志ではないですよね。親がマニアで始めさせるという感じでしょうか。

:他の子はどうか分かりませんが、僕は自分の意志で始めました。もう8歳だったので。自分で「これをやりたい!」という明確な思いがありました。ただ、環境はそれなりによかったのだと思います。父親がレース好きで、よく一緒に見に行ったりはしていましたので。それでたまたま富士スピードウェイのレース観戦の帰りに「オートパラダイス御殿場」というカートコースの横を通りかかって。

同年代のカートレースに「ヤラレタ」

F:あ、分かりますそこ。APGですね。坂道の途中にあるところ。

:そこですそこです。そこの横を通りかかったら、僕と同じくらいの背格好の子たちがビュンビュン走っていて、それで思わず「僕もやりたい!」と(笑)。その日はたまたまカートレースの開催日で、大人のクラスもあれば、当時の僕くらいの年齢の子も走っている。これはショックでした。こんな世界があるのかと。そして僕と同じような年の子が、実際にレースに出て走っているのかと。

F:なるほど。ヤラレタという感じですか。

:まさしく「ヤラレタ」です(笑)。僕の父親は運送会社をやっているので、トラックとはいえ家にはクルマがたくさん並んでいます。レースもよく見に行っていたし、何となく「クルマに関しては自分のほうが人よりもよく知っているぞ」というような、子供心にして変な自信のようなものがあったんです。だから余計に「これは絶対にやらなきゃ」と思ったのだと思います。それで父親にお願いして。

F:お父様はすぐに許してくださったのですか?

:すぐにではありません。言い出したのが6歳のときで、実際に始めたのが8歳ですから、2年間言い続けていたことになります。父親はその間に、どれくらい本気なのかを見ていたのかもしれません。8歳になってオートパラダイス御殿場に通うようになって、練習はずっとそこでやっていました。「カデット」という子供用のクラスで。

F:ご両親はいわゆる「ステージママ、ステージパパ」のように、ベッタリ張り付いてサポートしてくださったのですか。