みなさまごきげんよう。
フェルディナント・ヤマグチでございます。
今週も明るく楽しくヨタ話からまいりましょう。
連休の前半は沖縄で過ごしております。
何しろ初の10連休。観光名所に出掛けても混雑ばかりでいいことはあるまいと考え、ビールを飲みながら海辺で読書をしたり、ワインを飲みながらじっくり2時間もかけて昼食を取ったりしています。何か昼から飲んでばかりですが、まあ平成最後の昼飲みということで(笑)。
それでも飲んでばかりじゃイカン、と少しは走ったりもしてみました。東京マラソン以降ロクに練習をしていなかったので、身体が重い重い。
スキーとトライアスロン仲間である若い友人の石川拓人くんが那覇市内に開いた酒とメシの店「くもざき」。オープン当日にもお邪魔したのですが、1カ月たって再訪してみると、いやはや、その進化には驚愕いたしました。食事は美味いしサービスも申し分ない。ポテサラ等の超定番以外は、週替わりでどんどんメニューを入れ替えていくのですと。よもぎ、にが菜等、沖縄の葉野菜をふんだんに使った豚しゃぶは良かったな。これはぜひ定番にしてほしいです。
東京で複数の飲食店を経営する石川拓人くん(右)と、足フェチの石川孝平くん。同姓ですが血縁関係はないそうです。
そうそう。沖縄で誕生日を迎えました。(来年から少し制度が変わるらしいですが)自衛隊なら1佐でも定年の年齢です。もういつ死んでもおかしくありません。誕生日ディナーは愛する宜野湾の「加藤食堂」で。リーズナブルにワインとフレンチを楽しむことできる最高のお店です。ハム、ソーセージの取りそろえがすごい。鶏のコンフィが良かったな。
オーナーシェフの加藤大介氏と。超人気店です。予約しないと“絶対”に入れません(この日もフルブッキングでした)。沖縄に行く予定があれば、事前に予約しておきましょう。
お気遣いいただいて恐縮です。おいしゅうございました。
というわけで本編へとまいりましょう。
ホンダの若きF1エンジニア、湊谷さんのインタビュー続編です。
全21戦。ホンダF1のすべてのレースに帯同し、ドライバーとレーシングカーの“間を取り持つ”若きF1エンジニア、湊谷圭祐さんへの密着インタビュー続編。
全エンジニアの憧れの対象でもあるトップエンジニアは、何を考え、何に悩むのか。
量産車の開発とは大きく異なる、「究極のクルマ」のエンジニアリングとはどのようなものなのか。さらに詳しく伺います。
現在のF1マシンの動力源は、エンジンとエネルギー回生システムが複雑に組み合わされた、「パワーユニット(PU)」なるものが搭載されている。“馬力”に力点を置いたエンジン開発から、“エネルギー効率”を追求したPUの開発にシフトしているのだ。いかにF1といえども、燃費を意識しなければいけない時代になったのだ。
エネルギー回生はブレーキと排気の二本立て
前回(こちら)は量産車のターボ搭載車両に必要な、「ウェイストゲート」の仕組みについて途中まで伺っていた。尻切れトンボの形で終わってしまっていたので、その部分からお届けしよう。
湊谷さん(以下湊):暴走族でも一般車でも、あれ(余分な圧を逃がすウェイストゲート)は必要なものです。あれがないと際限なく回り過ぎちゃうので、どこかでコントロールしなきゃいけないわけです。壊れる手前で。ターボ車であれば必ず付けるものです。で、ここからが我々のPUの話です。
F:F1のエンジンには、ウェイストゲートが付いていないとか……。
湊:いえ。F1にも付いています。付いているのですが、市販車とは違う仕組みです。上がり過ぎた圧を逃がす部分にMGU-H(MGU はMotor Generator Unit 運動エネルギー回生システム、モーターと発電機を兼ねるユニット)が付いて、それがブレーキの役割をするんです。これがあると、回転数を必要なところで抑えられる。
F:F1のエンジンにもウェイストゲートはある、という理解で正しいですか。
湊:その理解で正しいです。ここで発電したエネルギーを、MGU-Kというもう1つのモーター・発電機のほうに流してあげる。このMGU-Kはタイヤにつながっているので、加速に使えるわけです。MGU-Kは、発電も加速もできるので、ブレーキをかけると、そのエネルギーをバッテリーに蓄電できるようになっています。
F:なるほど。二本立てで電力を作っているんですね。F1はスタート時に満充電の状態で出るものなのですか。
湊:もちろん満充電の状態でスタートします。
F:そんなシーンはレースではあり得ないのでしょうが、モーターの力だけでも少しは走れるものなのですか?
湊:すごく遅いと思いますが、走ること自体は可能です。ブレーキ回生もあるので、しばらくは走れるでしょうね。やったことはないですが。
F:このバッテリーは何でできているのですか? リチウムイオン? それともキャパシターですか?
広報松本:ここはNGです。バッテリーの情報はオープンにしてないです。エネルギー量は決まっているのですが、「何で構成されているか」という視点はないので。
F:わかりました。重さは結構あるものなのですか。
湊:そうですね、バッテリーはわりと重いです。でも置き場所がシートの下のあたり、バラストの近くにあるので、車体の性能に大きなデメリットになっているかというと、実はそれほどでもありません。
F:湊谷さんは、ピエール・ガスリー選手の専属エンジニアで、彼と一緒にトロロッソからレッドブルに異動してきたと伺いました。
湊:はい。その通りです。まあ異動といっても、同じホンダなので。
F:エンジニアというのは、ドライバーと一緒に動くものなのですか。
スパナに至るまでガスリー専用
湊:この業界ではよくあることです。ドライバーの好みによって、マシンのセットアップの方向性は大きく違ってくるので。2台クルマがあって、何から何まで全部一緒かというと、実は結構違っていたりするので。
F:ピットに並んでいる2台のマシンは、同じように見えて結構違う。
湊:セッティングが違いますからね。同じPU、同じパーツを使っているのですが、ドライバビリティはかなり違います。ドライバーによって、それぞれ好みが異なりますので。だからフォーミュラワンの世界では、基本的にドライバーとエンジニアの組み合わせは変えない、というのがスタンダードです。
F:レース中にマシンがピットインしてくると、ワーッとピットクルーが集まって一斉に作業をするじゃないですか。あのメンツも決まっているのですか。ガスリー担当、(もう一人の選手の)マックス・フェルスタッペン担当というのは明確に決まっていますか? 人の行き来はない?
湊:もちろん決まっています。何か事情があって、そうせざるを得ないときを除いて、人の行き来は基本的にはないです。人だけではなく、工具の貸し借りもありません。ガスリーのクルマと、フェルスタッペンのクルマは、それぞれ違うスパナで締めています。
ガレージのオペレーションって、人と人とのコミュニケーションですべてが成り立っているんです。人を代えると、コミュニケーション上の誤解が生じる可能性があります。その誤解がもとになって、ミスしてしまうということもあり得るので。
F:コミュニケーションが大事ですか、F1の現場では。
湊:大事というか、それがすべてです。F1の仕事はオートマチカリーに進んでいきます。そしてそれは、相互信頼のもとに成り立っているのです。組み合わせが変わると、そこから何かが破綻して結果的に1ランク(順位)を失うとか、大きなミスにもつながりかねません。人のコンビネーションを変えるということは、だからものすごいリスクなんです。
F:それじゃ同じガレージに並んではいるけれども、別チームのクルマが2台並んでいるようなものなのですか。
湊:感覚的には、それに近いかもしれません。
F:ガスリーとフェルスタッペンは、仲間ですか、ライバルですか。
湊:仲間です。それは明確に仲間です。でもライバルでもあります。ちょっと言い方が難しいのですが……。例えば今日の予選では、ガスリーよりもフェルスタッペンのほうが速かった。じゃあ、ガスリー担当の僕らが嬉しくないかというと、それはものすごく嬉しいです。なぜなら、ホンダのPUがようやくそこまで来られたからです。トップを争えるポジションまで、やっと来られた。そこは素直に嬉しく思います。
F:今季は期待できそうですね。レッドブルにホンダのPUを積んだら、初戦からいきなり表彰台です。クルマの差って、本当に大きいですね。
湊:クルマは大きいですね。クルマの差は圧倒的です。
クルマが8割、ドライバー2割
F:F1の速さにおいて、クルマとドライバーの占める割合はどれくらいのものなのですか。クルマが50、ドライバーが50で半々くらいですか。
湊:うーん。これは難しい質問ですね(苦笑)。
広報松本:またそんなムチャなこと聞いて……。
湊:でも50:50じゃないと思います。クルマのほうが比重は大きいです。フェルナンド・アロンソほどのドライバーがマクラーレンに乗っても勝てなかったのを見ると、やっぱりクルマは大きいです。クルマが8割ぐらいじゃないですかね。
F:クルマが8割! そんなにクルマの比率が高いですか。
湊:それくらいになると思います。
F:今のF1って、クルマの開発に大変な制約がかけられていますよね。もうがんじがらめというか。
湊:レギュレーションということですか。それは安全のためですね。あと最近はエネルギー効率の追求のため。
F:それを無視したクルマ造りをしたら、F1のマシンはもっと速くなるものなのですか。
湊:それはもう、圧倒的に速くなります。毎年クルマを何とか遅くしようとして、レギュレーションは厳しくなる一方なんですが、それでも結局は速くなっちゃうんですけどね(笑)。
F:レギュレーションの隙間をすり抜けて。
湊:そうそう。すり抜けて(笑)。
広報松本:ちょ、ちょっとフェルさん。誘導尋問ですよそれ。「すり抜けて」という言い方はやめてください。人聞きの悪い。我々はルールを尊重し、レギュレーションの範囲内で、最大限の努力をしてですね……。
F:はーい。
湊:去年から今年のレギュレーション変更でも、本当はかなり落ちるはずだったんですが、実際は速くなっていますからね。
F:昔のF1と今のF1。何が一番違うのですか。
湊:一番の変化は、クルマに搭載されているセンサーじゃないですかね。センサーの数がものすごく増えています。ライドハイトとかタイヤの温度とか。ダウンフォースが何ニュートンとかも、リアルタイムで見ています。僕らもこっちで見ているし、ドライバーのディスプレイ上にももちろん表示されていて。
F:ドライバーは走りながらタイヤの温度まで見るのですか。それは大切なことなのですか。一応の参考値という程度ですか。
湊:いやいや。タイヤ温度はすごく大切です。特に予選でいうと“一発命”なので。
ガレージを出ていって、1周アタックして、バッテリーを充電してもう1回走ったりするのですが、この間のラップでタイヤ温度を冷やすためにゆっくり走って、ドライバーはターゲット温度を見て……みたいなことをやっています。
F:そんなことまで……。
湊:昔はそういうインフォメーションがありませんでした。温まったとか冷えたとか、全部ドライバーのフィーリングでやっていたんです。
広報松本:そろそろ時間です。湊谷さんも現場に戻らないと。あと5分でお願いします。
こんなに楽しい仕事はない!
F:それじゃ最後に1つだけ。どうですか、今のお仕事は。
湊:楽しいです。こんなに楽しい仕事ないです。
F:楽しい?
湊:楽しい。最高です。
F:就職のときにホンダしか受けなかったと伺いましたが、ホンダに入って良かったと思いますか。
湊:ホンダに入れて良かった。F1をやれて良かったです。本当にありがたく思っています。この機会を与えていただいたことに感謝しています。
F:湊谷さん、いまお幾つでしたっけ?
湊:僕は34歳です。
F:サラリーマンをやっていると、将来への不安だったり、会社への不満だったり、いろいろと悩むお年ごろじゃないですか。そんな中で胸を張って「仕事が楽しい」とハッキリ言える人は少数派だと思うのですが。むしろ「何だよチクショー」……とくすぶっている人も多いですよね。
湊:うーん。これは記事にしにくいことかもしれませんが……僕の場合はラッキーが重なった部分も多いので。そもそも僕がいくらF1をやりたいと言っていたって、会社がF1から撤退してしまったら、それきりなわけですし。
F:入社された当時は、ちょうどホンダF1第3期の撤退時期に当たってしまったのでしたよね。
湊:ええ。でも入社当時は自分自身、エンジンに対する理解が全然なかったので、会社に入ってF1が始まる前までにいろいろと勉強できた、勉強しておけたというのは、いま考えるととても良かったのかな、と思います。チャンスはいつ来るかわからないので。
F:これからどうしたいですか?
湊:勝ちたいです。まずは勝ちたい。勝って勝って、チャンピオンになりたいです。僕が「F1やれて良かった。楽しかった」と一人で喜んでいても仕方がないので。ホンダは勝つためにF1をやっているので。
F:ホンダはいつごろ、勝利を掴めますか?
湊:今年。遅くとも来年ぐらいに勝てないといけませんよね。会社としても、F1を継続していくかどうかわからないので。僕らもそうですし、何よりホンダは勝つためにやっているので。
F:ホンダは勝つためにF1をやっている。
湊:そりゃそうですよ。勝たなければ、高いお金を払って自分たちを悪く見せているだけじゃないですか。
30代半ば、チャンスはいつかやってくる
F:なるほど。ご自身がホンダの看板を背負って仕事をしているという感覚はありますか?
湊:もちろんあります。非常にあります。ですから、すごいプレッシャーです。自分の判断一つで、簡単にエンジンを壊せる。ドライバーも傷つけられる。これは大変なプレッシャーです。
F:そうか。湊谷さんの判断一つで、ドライバーが死んでしまうことだってあり得るわけで。
湊:あり得ます。
広報松本:あのねフェルさん。「死ぬ」とかそういう言葉はあんまりね……。時間も過ぎてますし。
F:それじゃ本当にこれで最後。読者のみなさんに、特に同年代の人に向けて一言お願いします。みんないろいろ悩んでいる方も多いと思うんですよ。30代の半ばという年齢は。
湊:チャンスって、いつ転がり込んで来るのか誰にもわかりません。わからないんだけれど、その日のために、いつか来るチャンスを掴むために、常に準備をしておくってとても大事なんだと思います。クサイ言い方なんですが、どんな環境に置かれても、諦めることなくやるというのは、やっぱりすごく大事です。それが次につながるのだと思います。
F:わかりました。レース最中のお忙しいときに、本当にありがとうございました。
湊:ありがとうございました。
F1の最前線で戦う若きエンジニア湊谷さん。
インタビュー後に「ここまで必死にやっておられるのですから、何としても勝ちたいですね」と声をかけると、「必死にやっているのはウチだけじゃありませんから。敵もみんな勝つために必死ですから」とサラッと答えが返ってきたのが印象的でした。
そう。必死で戦っているのはホンダだけではありません。メルセデスにもフェラーリにも、湊谷さんのような熱きエンジニアがいて、寝食を忘れ、心血を注ぎ、会社の看板を背負いマシンのセッティングに当たっています。
頑張ってほしい。そして勝ってほしい。ホンダF1チーム。応援しています。
日経ビジネスから『カリスマ失墜 ゴーン帝国の20年』『マツダ 心を燃やす逆転の経営』の書籍2点を刊行!
『カリスマ失墜 ゴーン帝国の20年』
倒産寸前の日産自動車を再建し、カリスマ経営者の名をほしいままにしたカルロス・ゴーン氏。2018年11月に突如逮捕され、権力の座から転落した。ゴーン氏とは、いったい何者だったのか? いかにして絶対権力を握ったのか? その功罪とは? 転落の背景には何があったのか? 「日経ビジネス」が追い続けた20年の軌跡から、ゴーン氏と日産・ルノー連合の実像に迫る。
『マツダ 心を燃やす逆転の経営』
「今に見ちょれ」──。拡大戦略が失敗し、値引き頼みのクルマ販売で業績は悪化、経営の主導権を外資に握られ、リストラを迫られる。マツダが1990年代後半に経験した“地獄”のような状況の中、理想のクルマづくりに心を燃やし、奮闘した人々がいた。復活のカギ「モノ造り革新」の仕掛け人、金井誠太氏(マツダ元会長、現相談役)がフランクに語り尽くす。改革に使われた数々の手法の詳しい解説コラム付き。※本書に収録しきれなかった、モノ造り革新のキーマンたちのインタビューを掲載中→「「モノ造り革新」のリアル-マツダ復活の証言」
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