「文脈理解」の欠如

 飛び道具物件そのものにばかり関心が集中し、そもそも物件が埋め込まれていた戦略や経営の「文脈」への注意がないがしろになる。ここに問題の焦点があります。

 戦略にせよ経営にせよ、その本質は様々な打ち手が因果関係の論理でつながった「ストーリー」にあります。様々な打ち手がつながって、全体として長期利益に向かって無理なく動いていく。優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーでなくてはならない、というのが我々の年来の主張です(参照:『ストーリーとしての競争戦略』)。

 ポイントは、物件単体(例えば「サブスクリプション」という課金形態)がそれ自体で成果をもたらしているのではないということです。成果をもたらしている正体はそれを取り巻く戦略ストーリーのほうにあります。飛び道具物件はストーリーの構成要素の1つにすぎません。言い換えれば、飛び道具物件の価値はストーリー全体の論理的な文脈の中に置かなければ決して分からないということです。

 図にあるように、飛び道具を取り巻く文脈には、観察や議論の対象となる成功事例の論理文脈(以下「事例文脈」)と、物件を戦略ないしは経営に取り込もうとする自社の論理文脈(以下「自社文脈」)の2つがあります。

 「アドビのサブスク化」を例にとって事例文脈を記述すると、次のようになります。

 PhotoshopやIllustratorといったデザイナーやクリエーター向けの業務用ツールを主力商品としていた。これらの商品はツールとして性能が高く、使い勝手が良いだけでなく、ユーザーにとって仕事に不可欠な業界標準のインフラとなっていた。従って、ユーザーにとって極めてスイッチングコスト(あるものからあるものへと切り替えるときに被るコスト)が高い。

 ところが、相対的に高い価格設定だったため、ビギナーや趣味利用のユーザーにとっては手を出しにくいという難点があり、ユーザー数は頭打ちになっていた。相対的に安価な月額課金に移行すれば、新規ユーザーを取り込める。サブスクリプションにはユーザーが離脱しまうリスクが伴うが、アドビのツールは粘着性が高いため既存のユーザーは簡単には離れない。

 従って、サブスクリプションに移行すれば、一時的に減収となったとしても、長期的には安定した収益を見込める。

 以上はごく簡略化した事例文脈の記述ですが、このように「こうだからこうなる」「これがあるからあれができる」という十分に蓋然性が高い論理でしっかりとした文脈が組み上がっています。アドビのサブスク化の成功はこうした論理のつながりの中に置いてみなければ分かりません。

 アドビだけではありません。SISブームを例にとれば、既に見たように、先駆的な成功事例となったヤマト運輸、花王、セブン-イレブン・ジャパンには、それぞれ「それまでになかった全国規模の宅急便のオペレーションの実現」「台頭しつつあった小売業者に対する交渉力の確保」「小規模店舗が小商圏のニーズに迅速に対応するための単品管理」という切実な戦略意図がSISブームに先行してありました。その文脈の中で、必然的にSISへの投資の意思決定がなされました。だからこそSISという構成要素が他の要素と論理的にかみ合い、一貫したストーリーとして動き、成果へとつながりました。既に見たように「戦略が先、システムは後」ということです。

 ところが、多くの人々は、このような飛び道具が効果を発揮した事例文脈を十分に理解せずに、飛び道具単体に注目します。それがあたかも「ベストプラクティス」であるかのような認識を持ちます。つまり、もともとの成功事例からの「文脈剥離」(図中の【6】)が起きるわけです。この文脈剥離がトラップの直接的にして最大の要因だというのが我々の見解です。

 さらに厄介なことに、この手の人は自社文脈についての理解も浅い傾向があります。飛び道具に一般的な関心を持つだけならまだいいのですが、自社文脈を無視して飛び道具を無理やり導入しようとします(図中の【7】)。そうなると、飛び道具トラップはいよいよ破壊的な方向に作動します。

 飛び道具が自社の戦略や経営と論理的にかみ合わないので、うまく機能するわけがありません。ところが、何分「即効性がある新しいベストプラクティス」と考えて、本来は手段にすぎないはずの飛び道具の導入が目的化(図中の【8】)します。無理やり自社に移植しようとする。無理が通れば道理が引っ込む。その結果、肝心要の自社の戦略や経営の一貫性が破壊され、かえって業績低下の憂き目に遭うという成り行きです。

 以上の議論を、時間軸に沿って整理するとこのようになります。

  • 【1】「同時代の空気」の土壌の上で
  • 【2】人々の耳目を引く成功事例が生まれ
  • 【3】それを「飛び道具サプライヤー」があおる中で
  • 【4】「同時代のノイズ」が発生し
  • 【5】飛び道具が「過大評価」され
  • 【6】関心を持つ人々による事例文脈からの「文脈剥離」が起こり
  • 【7】「文脈無視の強制移植」が行われ
  • 【8】「手段の目的化」と「自社文脈との不適合」により逆機能が起こる

 これが飛び道具トラップのメカニズムと駆動のプロセスです。

 18世紀の英国で活躍した文学者、サミュエル・ジョンソンは言っています。「愚行の原因は似ても似つかぬ者をまねすることにある」
 言い得て妙でありまして、ここに飛び道具トラップの本質が凝縮して表現されています。

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