これまで日本企業の多くが、日本より先を行く米国のビジネスモデルを輸入する「タイムマシン経営」に活路を見いだしてきた。だが、それで経営の本質を磨き、本当に強い企業になれるのだろうか。むしろ、大切なのは技術革新への対応など過去の経営判断を振り返り、今の経営に生かす「逆・タイムマシン経営」だ。
経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を、過去に遡るタイムマシンに乗って当時のメディアに流布していた言説などと共に分析することで、世間の風潮に流されない本物の価値判断基準を養おう。第1章は、トラップの典型として「バズワード(定義が曖昧な専門用語)」に着目する。経営判断を惑わす罠の典型である「飛び道具トラップ」。第1章の最終回は、飛び道具トラップに陥るメカニズムを解き明かし、それを回避するための思考方法を伝授する。
この章では、現在進行形の「サブスクリプション」を皮切りに、タイムマシンに乗って2000年前後の「ERP(統合基幹業務システム)」、1989年ごろの「SIS(戦略情報システム)」、1980年ごろの「組織改革」と、時間を遡りつつ近過去の事例を検証しました。これはほんの一例です。これまで数多くの「飛び道具トラップ」が生まれては消えていきました。これからも繰り返し出現するのは間違いありません。
第1章の総括として、今回はこれまで断片的に論じてきた飛び道具トラップのメカニズムとそれが作動する原因を考察します。トラップがどのような図式で生まれ、拡大するのか、その論理構造が分かれば、それを回避するための思考と行動についても手掛かりが得られます。
これから本連載で考察することになる様々なトラップの中でも、飛び道具トラップは「同時代性の罠」の典型にして王様の観があります。飛び道具トラップのメカニズムと回避法は、他のタイプのトラップについても重要な示唆を含んでいます。
トラップ作動のメカニズム
飛び道具トラップのメカニズムと、それに直接的・間接的に影響を及ぼす要因をまとめた図に即して話を進めていきましょう。
飛び道具トラップが作動する遠因には、その時点で広く共有されている「同時代の空気」(図中の【1】)があります。これがトラップ作動の土壌となります。
「同時代の空気」は、その時点でも技術革新やマクロの環境変化を反映しています。「SISトラップ」の場合でいえば、前者に相当するのが「マイコンの普及」、後者は「規制緩和による通信ネットワークの開放」です。最近の「サブスクトラップ」でも、ネット決済の簡便化に加えて、新しい情報が一通り出尽くし、収益の成長が頭打ちになっているという閉塞感がトラップ発動の遠因になっているでしょう。
「飛び道具」は本章で見てきたような特定の経営施策やツールであることが多いのですが、それは必ず具体的な成功事例(図中の【2】)とセットで語られます(例えば「サブスク化でアドビが収益を大幅に伸長」)。こうした成功事例が注目を集め、「この飛び道具は効くぞ……」という評判が広がり、施策やツールが「新兵器」として人々に広く知れわたるようになります。
これを横からあおるのが飛び道具サプライヤー(図中の【3】)の一群です。飛び道具を提供しているベンダーやそれを喧伝(けんでん)するメディアがその新奇性や即効性を強調するのは商売上の必然です。あおりを受けて、「これからはこれだ!」「秘密兵器!」「業界を一変!」「乗り遅れるな!」といった「同時代のノイズ」(図中の【4】)が発生します。
そうした中で、本来は1つの施策やツールにすぎなかったものが、即時効果を発揮する「魔法の杖(つえ)」のように認識され、「飛び道具(図中の【5】)」として確立します。いつの間にかサブスクリプションを「サブスク」と呼ぶようになりましたが、この手の短縮語やアルファベット3文字(ERPとかSIS)の略語が定着するといよいよ要注意です。
旬の時期の飛び道具は万能の必殺技であるかのような期待を集めます。しかし多くの場合、飛び道具の安直な導入や模倣は「手段の目的化」を招きます。その結果、当初意図していた成果が出ないばかりか、かえって経営を混乱させる結果に終わることが少なくありません。既に考察した「ERPトラップ」はこうした成り行きの典型例です。
Powered by リゾーム?