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 これまで日本企業の多くが、日本より先を行く米国のビジネスモデルを輸入する「タイムマシン経営」に活路を見いだしてきた。だが、それで経営の本質を磨き、本当に強い企業になれるのだろうか。むしろ、技術革新への対応など過去の経営判断を振り返り、今の経営に生かす「逆・タイムマシン経営」こそ必要だ。

 経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を、過去に遡るタイムマシンに乗って当時のメディアに流布していた言説などとともに分析することで、世間の風潮に流されない本物の価値判断力を養おう。第1章は、トラップの典型として「バズワード(定義があいまいな専門用語)」に着目する。今回は、「飛び道具」がいかに広がっていくかを検証する。題材として取り上げるのは、コンサルティング業界の頂点に君臨する米マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社だ。「ベストプラクティス(最も優れた実践事例)」がどのようにブームを誘発していくのだろうか。

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 前回も触れたように、「飛び道具トラップ」の発動には「飛び道具」そのものの提供をビジネスとする企業、「飛び道具サプライヤー」が深くかかわっています。なぜならば、飛び道具トラップは彼らにとって重要な商機となるからです。

 これまでみてきたITツールの例でいえば、その導入が成功するかしないかは、企業の経営の質はもちろん、導入のタイミングや外部環境に左右されるところが大きく、不確実です。しかし、一方の飛び道具のサプライヤーにしてみれば、顧客がERP(統合基幹業務システム)SIS(戦略情報システム)の導入を決定した時点で売り上げが発生します。飛び道具のブームが沈静化しない限り、飛び道具サプライヤーは利益を確保しやすい立場にあります。ブームの渦中では最も「おいしい」ポジションです。

 第1章「飛び道具トラップ」の第4回は、タイムマシンに乗って1970年代後半に遡り、その頃に経営コンサルティング業界での地位を確立した「マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社」の事例をひもとき、いわゆる「ベストプラクティス(最も優れた実践事例)」のサプライヤーがブームを誘発するメカニズムを考察します。

コンピューター活用前夜の「組織改革」ブーム

 教科書不在の組織改革。混迷、未踏の時代に突入したいま、企業が取り組む組織改革には、これといった手本はない。自社の組織ニーズをしっかりつかみ、それを具体化するノウハウを自ら考え出すしかない。オイル・ショック、低成長と打ち続く環境変化に対応するには内部体制を変革しなければならない。多くの企業はいまそのただなかにある。減量経営を乗り越えて明日を切り開こうとする各社の必死の動きをケーススタディーするとともに、組織に関する主要382社トップの意識を探ってみた。

(中略)

 米国式組織技法の直輸入や他者のものまねでも通用した時代から、自社型組織づくりの時代へ――。昭和48年(1973年)のオイル・ショックを機に、企業の組織改革に取り組む姿勢はかつてない真剣味を帯びてきた。台風下の荒海を乗り切るには企業丸の乗組員は、一致団結して機動的、効率的に動かなければならないからである。

出所:日経ビジネス 1977年9月26日号 特集 「明日を創る組織―活性化のためのケーススタディ」

 1970年代後半は、「組織改革」というキーワードが一大ブームとしてメディアを席巻していた時代でした。日経ビジネスは特集記事で「組織改革」に関するテーマを数多く掲載し、日本国内の経営学の研究組織である組織学会でも「組織」に関する研究結果が盛んに発表されるなど、組織のあり方を考えることが1つのトレンドとなりました。

 コンピューターに対する風当たりが強くなっている。もちろん、アポロ以後、強まってきた科学技術に対するきびしいアセスメント(再評価)もその背景にある。そうしたなかでコンピューターは、いわば“落ちた偶像”ともいえる。企業経営のなかでも、「コンピューターは期待した効果をあげているのか」という漠然とした疑問が広がっている。

 だからといって、経営のなかでコンピューターを無視することは、いまさらできない。コンピュータリゼーションは、いま、一度は通過しなければならなかった試練にぶつかっているのだ。こうした試練をテコに、経営のなかのコンピューターは次の飛躍を遂げなければならない。

出所:日経ビジネス 1971年9月20日号 特集 「コンピューターはこの苦難期の経営を救えるか」

 現在の文脈で「組織改革」というと、IT(情報技術)やAI(人工知能)の活用を連想します。しかし、この時代はコンピューターや情報技術を経営に応用するという発想はほとんどありませんでした。そもそもパソコンがビジネス向けに実用化されていない時代で、大半の人にとってコンピューターとは「大きな箱に入った自分とは無関係の機械」でした。その価格も非常に高く、素人が容易に手出しできるものではありませんでした。

 1970年代までのコンピューターの主な用途は、文字通りの「計算」でした。1964年に米IBMが「System 360」という汎用機を発表してベストセラーとなりましたが、この時代のコンピューターの仕事は、迅速に計算を行うことでした。例えば、従業員が何千人もいる企業の給与計算や、何千万人もいる株主への配当計算など、従来は人間がそろばんを片手に行っていた計算業務という人海戦術をコンピューターに置き換えることが、企業の経営合理化につながるものと期待されました。

 この意味でのコンピューターは高度成長期の日本でも積極的に導入され、そろばんを使った人海戦術の事務作業を駆逐しましたが、コンピューターが企業経営に決定的な役割を担ったかというとそうでもなく、1970年代初頭までに「コンピューターが経営に役立つ」という期待感は一段落してしまいます。