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 これまで日本企業の多くが、日本より先を行く米国のビジネスモデルを輸入する「タイムマシン経営」に活路を見いだしてきた。だが、それで経営の本質を磨き、本当に強い企業になれるのだろうか。むしろ、技術革新への対応など過去の経営判断を振り返り、今の経営に生かす「逆・タイムマシン経営」こそが必要だ。

 経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を、過去に遡るタイムマシンに乗って当時のメディアに流布していた言説などとともに分析することで、世間の風潮に流されない本物の価値判断力を養おう。第1章は、トラップの典型として「バズワード(定義があいまいな専門用語)」に着目する。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といったバズワードに過剰な期待をしてしまう「飛び道具トラップ」だ。今回は20年ほど前の「ERP(統合基幹業務システム)ブーム」を検証する。

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 「飛び道具トラップ」が頻繁に発動するのは何といってもITツールの分野です。ITの本質はコンピューターによる計算技術ですが、その普遍性ゆえに応用分野が広く、「何が実現できて、何ができないか」という線引きが難しい面があります。このため、必ずしもITの専門家ではない経営者は、「過剰な期待」や「過度な幻滅」を抱きやすくなります。ITツールの歴史は、まるで飛び道具トラップの博物館です。裏を返せば、ITツール導入の意思決定は経営センスの有無が如実に表れるところです。

 ITツールが「飛び道具トラップ」として大規模に発動した事例として今回検証するのは、今から20年ほど前の「ERP(統合基幹業務システム)ブーム」です。ERPとは主に大企業が経営資源を計画的に利用するためのソフトウエアです。財務や在庫管理といったホワイトカラーの業務を合理化するという重要な役割を担うものですが、その普及過程はまさしく紆余曲折(うよきょくせつ)でした。

 1990年代後半に日本で旋風を巻き起こしたERPについて、どのようにして過剰な期待感が形成されて「飛び道具トラップ」が発動し、その結果として何が起こったのかを見ていきましょう。

 ホワイトカラーの仕事の流れを高速道路に乗せる。そんなコンピューターソフトが現れた。日本企業の多くは、長年の間にできあがった複雑な社内手続きや迷路のような業務手順を抱えている。それがホワイトカラーだけでなく、会社全体の生産性向上の足を引っ張っている。新しい業務改革ソフトは迷路を整理し、仕事の手順をスムーズにする。総論賛成でも各論反対でなかなか進まないリエンジニアリング(業務の抜本的革新)を、実質的に推進する道具となる。ただ、業務の合理化であなたの仕事はなくなるかもしれない。
出所:日経ビジネス1996年1月22日号特集「要らない仕事 業革の秘密兵器ERP」

 ERPが日本市場で普及途上にあった1990年代後半において、日本におけるERPへの期待感は過剰に高く、ある種の「魔法の杖(つえ)」のような扱いを受けていました。1996年の日経ビジネスの記事のタイトルにも表れているように、ERPは「業革の秘密兵器」であり(「業革」というワードが時代を感じさせます)、導入によって企業が根本的に変わるという期待を集めていました。

 そもそもERPはどのような背景のもとでブームを形成したのでしょうか? 当時の状況を社会的背景と技術的背景の2つの観点から見ておきましょう。