早くもサブスクから撤退する企業が続々

 アドビのサブスクリプション導入による業績の改善は目覚ましく、大きな注目を集めました。「サブスクリプションは成長と収益拡大を同時に実現する素晴らしいビジネス」という言説が定着し、サブスクリプションという課金形態を意味する言葉も例によって「サブスク」と短縮され、ブームになりました。

 これを書いている現時点でも「サブスク」に対する注目度は高く、ブームが収束しているとはいえません。それでも、「これからはサブスクリプションだ!」という一時的な熱狂は鳴りを潜め、静かにサブスクから撤退する企業も出てきています。

 2018年には紳士服大手であるAOKIホールディングスがスーツのサブスクリプション事業「suitsbox(スーツボックス)」のサービスについて、開始からわずか半年で撤退を決めました。suitsboxは若者をターゲットに、月額7800円から利用できるスーツのサブスクリプションとして事業化されましたが、黒字化が難しいことから撤退しています(日経クロストレンド2018年11月14日「AOKIが半年でサブスク撤退 新社長による事業見直しか」 )。

 また、日本酒のサブスクリプションサービス「SAKELIFE」を展開していたClear(東京・渋谷)は、同サービスを事業譲渡して既に手を引いています。サービスが定着しなかった理由は、サブスクを利用する顧客が徐々に日本酒に詳しくなってしまい、情報の非対称性が解消されてしまったことにあります。サブスクで商品やサービスを継続的に購入・利用するほど、価値が減衰し、顧客が「卒業」してしまうというジレンマです。

 サブスクリプションという課金形態は今後も残り続けるでしょうが、サブスクを実際に増収や増益といったビジネスの成果にまで結びつけている事例はそれほど多くありません。

 アドビの話に戻ると、サブスクが実際のビジネスの成功をもたらした最大の理由は、それがユーザーのハードルを下げて新しい層の顧客獲得を可能にしたことだけではありません。より決定的な要因は、PhotoshopやIllustratorといった中核商品が極めて粘着性が高いという性質を持っていたことに求められます。ユーザーの業務にとって不可欠のツールでありインフラなので、そう簡単には「卒業」できません。逆に、使い続けるほどツールに慣れ親しみ、習熟が進みます。これはユーザーにとっての価値が使用経験とともに増大することを意味しています。情報の非対称性に依存した「SAKELIFE」とは正反対の成り行きです。

 考えてみれば、サブスクリプションとは「定額課金」という、数ある課金形態の1つにすぎません。例えば新聞というメディアは、情報を高頻度で継続的に提供するというビジネスの構造上、昔からサブスクリプションという形態が最適でした。必然的にサブスクリプションが標準的な課金形態として長年定着しています。

 サブスクの本家本元である新聞業界ですが、ここへきて勝敗が分かれ始めています。定額購読という「最先端」のサブスクモデルを古くから導入してきましたが、時代の変化に対応できているかどうかは、各社の戦略次第です。

 これを見ても明らかなように、サブスクというのは1つの課金方式の選択にすぎず、それ自体が競争優位をもたらしているわけではありません。それが差別化された価値をもたらし、しかも価値を持続できるかどうかは、様々な打ち手が首尾一貫性を持ってつながった戦略ストーリーの文脈に置いてみなければ分かりません。

 アドビの場合、ユーザーにとって極めて粘着性の高い強力なプロダクトがあり、しかもそれが独自の戦略ストーリーの上で顧客に価値を届けています。この戦略が競争優位をもたらしている木の幹であって、サブスク化はそれを事後的に強化し、発展させる枝葉といえます。

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