これまで日本企業の多くが、日本より先を行く米国のビジネスモデルを輸入する「タイムマシン経営」に活路を見いだしてきた。だが、それで経営の本質を磨き、本当に強い企業になれるのだろうか。むしろ、大切なのは技術革新への対応など過去の経営判断を振り返り、今の経営に生かす「逆・タイムマシン経営」だ。

 そんな問題意識から、日本を代表する競争戦略研究の第一人者、一橋ビジネススクールの楠木建教授と、みさき投資などに勤めながら様々な企業の社史を研究してきた杉浦泰氏が手を組んだ。経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)はどこに潜んでいるのか。様々な企業の経営判断を当時のメディアに流布していた言説などとともに分析することで、世間の風潮に流されない本物の価値判断力を養う教科書「逆・タイムマシン経営論」を提供する。

 第1章は、トラップの典型例である、繰り返し登場する「バズワード(定義があいまいな専門用語)」に着目する。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といったバズワードに過剰な期待をしてしまう「飛び道具トラップ」――。さあ、未来ではなく過去に向かうタイムマシンに乗って、飛び道具トラップにかからないための学びの旅に出よう。まずは数十年遡る前に、今、目の前にある飛び道具トラップ「サブスク」を見てみよう。

<span class="fontBold">楠木建(くすのき・けん)</span><br />一橋ビジネススクール教授<br />1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、一橋大学商学部専任講師、同助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職(写真:的野弘路、以下同じ)
楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、一橋大学商学部専任講師、同助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職(写真:的野弘路、以下同じ)

 逆・タイムマシン経営論は「同時代性の罠(わな)」に注目しています。いつの時代もその時点で目にするニュースや言説には「同時代のノイズ」がたっぷりと含まれています。それに触発された思考や判断にも同時代のバイアス(偏見)がかかりやすいものです。これがしばしばビジネスの意思決定を狂わせる方向に作用します。これが「同時代性の罠」です。

 だとしたら、どうすれば同時代性の罠から抜けられるのか。タイムマシンに乗って過去に遡るにしくはなし、というのが我々の見解です。「歴史的視座」と言えばそれまでですが、何も明治や江戸に立ち返れという話ではありません。高度成長期くらいから10年ほど前までの“近過去”に戻って、当時の言説と人々の反応を知る。未来予測と違って、それは既に確定した過去のことです。現時点で振り返れば、同時代のノイズがさっぱりと洗い流されて、経営にとって本質的な論理が姿を現します。これが格好の知的トレーニングの素材となるのです。

 要するに、「新聞・雑誌は10年寝かせて読め」。近過去に遡り、その時点でどのような情報がどのように受け止められ、それがどのような思考と行動を引き起こしたのか。近過去の成り行きを現代の目で吟味すれば、経営の本質を見抜くセンスを養い、将来に向けて有効なアクションを取ることができる。つまりは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、これが逆・タイムマシン経営論の眼目です。

<span class="fontBold">杉浦泰(すぎうら・ゆたか)</span><br />社史研究家兼ウェブプログラマー<br />1990年生まれ、神戸大学大学院経営学研究科を修了後、みさき投資を経て、現在は社史研究家兼ウェブプログラマーとして活動。社史研究は2011年からスタートし、18年1月から長期視点をビジネスパーソンに広める活動を開始(ウェブサイト「<span class="textColRed"><a href="https://database-meian.jp/" target="_blank">決断社史</a></span>」)。現在はウェブサイト「<span class="textColRed"><a href="https://the-shashi.com/" target="_blank">The社史</a></span>」を運営する
杉浦泰(すぎうら・ゆたか)
社史研究家兼ウェブプログラマー
1990年生まれ、神戸大学大学院経営学研究科を修了後、みさき投資を経て、現在は社史研究家兼ウェブプログラマーとして活動。社史研究は2011年からスタートし、18年1月から長期視点をビジネスパーソンに広める活動を開始(ウェブサイト「決断社史」)。現在はウェブサイト「The社史」を運営する

 同時代性の罠にはいろいろなタイプがあります。まずはその最たるものである「飛び道具トラップ」を見ていきます。

 流行の経営トレンドや「ベストプラクティス」と呼ばれるような最新の経営手法に安易に飛びつくという傾向、これが飛び道具トラップです。いつの時代も「最先端」で「旬」の飛び道具が喧伝(けんでん)されます。それが実際以上に「有効」で「強力」に見えてしまう。これは人間の本性です。行き詰まった経営者ほど「何とかして一発逆転したい」と思いがちなので、飛び道具的な施策やツールを過大評価してこの罠にはまる傾向があります。

 この連載の劈頭(へきとう)である今回は、我々の「同時代性の罠」というコンセプトの意味合いを分かりやすくお伝えするために、あえて現在進行形の事例を取り上げます。近年話題を振りまいている「サブスクリプション」です。

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