インドではこの数年、スタートアップブームとも呼べる動きが起こり、国内外の投資家の注目を集めている。日本勢も例外ではない。特に「アーリーステージ」と呼ばれる初期段階にあるスタートアップへの投資領域では、いち早く日本の投資家たちが入り込み実績を上げつつある。
インドのスタートアップや投資家が集うコワーキングスペース
日本からインドに向けたスタートアップ投資は2015年前後から始まった。BEENEXT、リブライトパートナーズ、M&Sパートナーズ、インキュベイトファンド、Mistletoe、ドリームインキュベータといった日本の名のある投資ファンドが先陣を切って市場に入っていった。その草分けとも言えるBEENEXTは足元で既に60社を超えるインド企業に投資しており、インドで最もアクティブな投資家100選で7位に選ばれている。
東南アジアでアジア新興国を専門とする投資ファンドを展開し、そこからインドに入ったのはリブライトパートナーズだ。2011 年頃からインドネシアを中心とした東南アジアに投資していたが「2014年前後からやたらとインドから投資のお誘いを受けるようになった」と蛯原健代表パートナーは振り返る。同年、インドで開催された大規模なスタートアップイベントに初めて参加した際に、その可能性を感じ取り、その年の終わりにインド専門のファンドを立ち上げた。
同じく2014年にインドに乗り込んだのはドリームインキュベータだ。当初は投資専門というよりもリサーチ目的で参入し、1年間、コンサルティング事業やM&Aアドバイザリー業務などを手掛け、その中でビジネスチャンスが最も大きいと判断したのが投資事業だった。これまでにインドで22社への投資を実行している。スタートラインに立ったばかりで、まだインド国内の投資ファンドの背中は遠いとはいうものの「追い上げるための道筋は見えてきた」と同社のインド投資を統括するDIインドの江藤宗彦社長は語る。
コンスタントにリターンの上がる日本市場を背景に、インドに加えて中国、東南アジア、米国をリスクとリターンが大きい地域と見据えて投資を展開するのはインキュベイトファンドだ。投資家の観点から見れば、今後大きく伸びると見られる市場にいち早く進出することは重要だ。「10年前、急成長を目前に控えていた中国市場には参入しきれなかった。インド市場は外したくない」とインキュベイトファンドの本間真彦代表パートナーは言う。
インキュベイトファンドのインド代表である村上矢氏は野村証券グループ出身で、2014年からインドで日系スタートアップの現地事業の立ち上げに参画した後、今のポジションに転身した。実際に自らがインドで事業の立ち上げを行う中で、同氏は「思った以上にインドのスタートアップが成長している」という実感を持ったという。一方、当時日本の投資家はまだ数えるほどしかおらず、ましてスタートアップの創業期から起業家と二人三脚で事業を立ち上げていくインキュベイトファンドのような存在は皆無に近かった。「日本ではカネが余っているのに、日本以上に伸びる可能性が高いインドへの投資をなぜやらないのか」。村上氏はこう不思議に思ったという。
彼らの投資先は多岐にわたる。「既存産業に革新を起こし得るあらゆるスタートアップが投資対象」だとリブライトパートナーズの蛯原氏は語る。創業間もないスタートアップへの投資に特化しているというインキュベイトファンドの村上氏も、分野についてのこだわりはないという。インドはマクロ市況が伸びているため、あえて特定分野にこだわることはしない。一定の規模があり、2桁%以上の成長がみられる市場で、さらに需給バランスが明確に崩れていたり、非効率がまかりと通っていたりと大きな改善余地を残している領域にこだわるという。起業家の視点で事業仮説を自ら組み立て、それに見合うスタートアップを探して直接議論を交わし投資をしていくやり方をとっている。
「ユニコーンが100社になっても驚かない」
膨大な人口と拡大を続ける中間層、起業家精神あふれる国民性に豊富なテクノロジー人材、そして世界最安の通信環境、さらにはオンラインで本人確認などができるデジタル公共インフラのIndia Stack(インディア・スタック)の存在や政府の強いサポートなど、インドにはスタートアップの成長を促す環境が整っている。次の10年は彼らの黄金期が始まるだろう。今、インドではユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場企業)の数は24社と言われるが、BEENEXTの創業者でマネージンパートナーを務める佐藤輝英氏は「次の10年の間にユニコーンが100社になっても驚きはない」と指摘する。
インドがこうした巨大なポテンシャルを秘めていることは多くの人が認めるところだろう。では日本企業はインドに何を提供できるだろうか。どうしたら日本にもっと関心を持ってもらえるだろうか。
リブライトパートナーズの蛯原氏は「資金を出す」「顧客になる」「買収する」「日本に参入したい企業のサポートをする」という4つのポイントを挙げる。インキュベイトファンドの村上氏は「インドには資金が足りず、一方で日本には余剰がある」ことに注目すべきだと指摘する。現時点での日本のインドへの投資は、ソフトバンクグループを除くと件数は多いがおしなべて小規模で、創業初期のスタートアップへの投資が中心を占める。より大きなインパクトを与えるには、さらに大きな金額を持ち込み「成長期に入ったスタートアップへの投資を増やすことが重要だ」(村上氏)。
一方で、日本企業はいまだに「インドは複雑怪奇な市場で厄介であり、ビジネスが難しい」という認識を持っているようだ。村上氏はこれにも異を唱える。「ビジネスパーソンとしてやらなければならないことは、日本でもインドでも変わらない」という。最も重要なのは信頼関係を構築することだ。筆者も時折、日本企業の関係者から「信用できるインド人を紹介してください」という理解に苦しむ要望を受ける。そんなことを言っているようでは信頼関係を築くことはできないだろう。村上氏も言うように「こちらが信用しなければ相手も信用しない」のは当然だからだ。
投資ファンドのみならず、多くの日本企業にとってもインド市場は重要だ。その成長を取り込んでいくには、インド人を経営陣に加えるといった、新たな試みが必要かもしれない。「人材を確保していくことが重要」とリブライトパートナーズの蛯原氏は指摘する。世界にはNRI(Non-Resident Indians、印僑)と呼ばれる人たちが散らばっており、ビジネスで成功を収めている人も多い。蛯原氏は日本人が彼らの存在を過小評価しているのではないかと危惧している。
インドの日本に対する期待は強い。特に製造業やハードウエア関係での日本の高い技術力や、長期的な視点で投資する姿勢、そして提携した際の関係構築力などは高い評価を得ている。インド市場への間口は狭まってきているが、日本企業がもっとインドにコミットし、かつ意思決定を早めることができれば日印間の事業連携はまだ十分に可能だと思う。
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記事中「BEENEXTの創業者でマネージンパートナーを務める佐藤輝英氏」とあったのは正しくは「BEENEXTの創業者でマネージングパートナーを務める佐藤輝英氏」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。[2019/12/27 14:00]
世界的なイノベーションが生まれる街は、もはやシリコンバレーだけではない。大手IT企業の顔色をうかがうスタートアップが増えてきたシリコンバレーは、むしろイノベーションを生む力に陰りが見えてきているともいえる。
今は世界中で"次のシリコンバレー"と目される国や都市が続々と出てきている。
本書はそんな「ネクストシリコンバー」の現状や今後に加え、日本企業との協業も踏まえて分析・解説したものだ。
取り上げるのは、特にスタートアップで勢いのある、イスラエル、インド、ドイツの3カ国。それぞれのスタートアップは、独自の文化を持ち、魅力にあふれ、将来に期待できる。
「ネクストシリコンバレー」は、何がどうすごいのか。日本企業が協業すべき相手はどこで、どんな方法なのか。革新的なビジネスにつながるきっかけをつかんでもらいたい。
この記事はシリーズ「目覚める巨象、インドの変貌」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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