「大視察時代」が残した教訓

 ここで特筆すべきなのは、こうした「うねり」を起こしているのは大企業ではなく、起業家たちであるということだ。2000年代初頭あるいは中ごろから、起業家たちはインドの市場が持つポテンシャルを信じ、変革に向けてこつこつと準備してきた。試行錯誤を繰り返し、最初は小さく、そして場合によってはピボット(企業としての軸を維持しつつ戦略を転換してチャンスを探ること)を繰り返しながら5年、10年かけて事業を拡大させてきたのだ。

 悔やまれるのは2008年前後、日系企業が相次ぎインドを訪れた「大視察時代」だ。日系企業もここで何がしかのチャレンジをしていれば成功したかもしれない。そう思える案件がたくさんあった。そんな案件ばかりだったと言ってもいい。しかも当時は「日本企業との面談」と言えばどんな産業でも喜んで時間をつくってくれた。一方、今インドではイノベーションが活発化し、事業展開のスピードは速まり、日本以外の国外企業も多く参入している。だから日系企業が面談を希望しても、インド側の反応は必ずしも芳しくない。

 悲観的な話ばかりではない。日本勢が存在感を発揮している領域もある。

 実はインドのスタートアップ、特にアーリーステージの起業家たちに資金を供給してきたのは日本の投資家たちだった。この動きは2008〜2010年から始まっている。2015年にシンガポールを拠点に立ち上げられた日系ベンチャーキャピタル(VC)、BEENEXTが出資するインドのスタートアップは既に60社を超えている。他にもインキュベイトファンド(東京・港)やリブライトパートナーズ(東京・千代田)などが積極的に新興企業を見いだして投資してきた。投資先の企業は着実に育っており、よい循環ができつつある。

 ソフトバンクグループの動きも目立つ。大型投資を繰り返すだけではなく、QRコード決済を手がけるPaytmのテクノロジーを日本市場に持ち込んで決済サービス「PayPay(ペイペイ)」に生かしたり、ホテルベンチャーのOYOに日本展開を促したりと、インドのテック企業に日本市場参入の道筋を作る役割を果たしている。

 インドのスタートアップ企業に投資する日印両政府肝煎りの「日印官民プロジェクト」もある。複数の投資信託を投資対象とするファンドオブファンズ(FoFs)で、スズキやみずほ銀行、日本生命保険、日本政策投資銀行といった大手が資金を拠出している。

 アーリーステージにあるインドのスタートアップに真っ先に資金を投入してきた日本のVC、インキュベイトファンドの本間真彦・代表パートナーは、私財を投じて日本の経営者などとアジアの起業家とをつなぐ招待制のイベント「Asia Leaders Summit」を毎年アジア各地で開催している。今年7月、このイベントがようやくインドでも開かれた。

 開催地はインド南部の都市バンガロール。テクノロジー企業が集積していることで知られる都市だ。ここに日本の経営者や投資家など約100人、インド側からは起業家を中心におよそ50人が集まった。日本からは楽天の北川拓也・常務執行役員やLINEの室山真一郎・執行役員、それにインドにいち早く注目し投資を開始したリブライトパートナーズのゼネラルパートナー、蛯原健氏などが登壇している。

 本間氏は「優秀な日本の経営者がよりグローバルに活躍できるよう、お互いのことを理解する場を作る」ためにイベントを主催してきたという。ちなみに今回、日本の参加者の多くは初めてインドを訪れたようだ。日系企業がインドで新しい一歩を踏み出すためにも、こうした場でインドの息吹や可能性を身近に感じてもらうことは重要だと思っている。

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