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インドではイノベーションが起きる領域が無数にある。前回は現地の起業家たちと膝詰めで事業を成長させてきたMistletoe Singapore(ミスルトウ・シンガポール)の大蘿(たいら)淳司氏にインド市場への入り込み方を聞いた。前回に続き、今回も大蘿氏に登場してもらい、インドで起きつつあるイノベーションの現在と、大蘿氏が今注目する領域について、つまびらかにしてみたい。

Mistletoe Singapore(ミスルトウ・シンガポール)の大蘿淳司マネージング・ディレクター(以下、大蘿):いまだに日本ではインドというと「まだまだ」という感覚を持ち、発展途上国であるという意識が強くあるかもしれません。

 でも、発展途上国であることは、今や最大のメリットともいえるのです。新しいテクノロジーやサービスを阻む古い産業構造とかレガシー企業がないので、いきなり理想の形から入って、しかも一気に進めることができる。この連載でも何回か出てきた、いわゆるリープフロッグ(カエル飛び)が起きやすいわけですね。これまで途上国といわれてきた国々こそイノベーションが起きる可能性を秘めているのです。

 インドにおけるイノベーションのキーワードを挙げるとすれば「ハイブリッド」でしょう。オンラインとオフラインの垣根を越えてイノベーションが並行して起きる。農業、食品、ヘルスケアから教育、ロジスティクスまで、あらゆる産業でその可能性があります。オンラインとオフラインを組み合わせた形で、いわゆるデジタルトランスフォーメーションがなんの抵抗もなく、滑らかに進む。これによって既に様々な業界で従来のモデルを覆す革新が起きています。

 その背景には、インドの経営者のIT(情報技術)に対する高いリテラシーが影響しているかもしれません。大企業、スタートアップの別を問わず、インド企業のデジタルに対する理解の深さや活用のレベルは、日本とは比べものになりません。

地方都市にも大々的に広告を出し、ユーザー獲得を積極的に進めるReliance Jio(リライアンス・ジオ、写真はインド南部のVisakhapatnam)

 モバイルインターネットの普及も後押しになっています。この点で功績が大きいのは携帯通信大手Reliance Jio(リライアンス・ジオ)です。数百円払えばモバイルのブロードバンドインターネットが制限なく使える。これは日本にはない環境です。同社によるモバイルインターネットの爆発的な普及、中間所得者層の増加、そして「稼ぐ道具」としてのスマートフォンという3つの要素が掛け算となって、急激な変化を引き起こしていると思います。

スマホは「稼ぐツール」、インド式「イノベーションの掛け算」

繁田:確かに、スマホは裕福な人にとっては生活を便利にするものであり、逆にそうではない人たちにとっては稼ぐ道具としての側面を持っていますね。

 インドでは雇用拡大の側面から、富裕層が自動車のドライバーや、いわゆるサーバント(召し使い)といった形で、そうでない人々を雇用することを是とする考え方があります。スマホの登場で、この考え方が拡大された感じがします。

 マッサージやスパの提供者をスマホのアプリで呼んでサービスを受けるユーザー層がいれば、サービスを提供する人たちの雇用はより促進されていく。医療にしてもそうです。インドでは稼げる医者ばかりがいるわけではありません。たとえば政府系の病院だと、退職間近の医局長クラスですら月収20万ルピー(約30万円)前後といいますから、若手となればもっと収入は限られるでしょう。だから副業として、インターネットを通じて彼らの専門知識を提供するようなサービスが受け入れられています。