全10588文字

アメリカ映画界の懐の深さ

押井:マーベルが面白いのは、(「ウィンター・ソルジャー」で)1本やっただけならともかく、「シビル・ウォー」でもやったんだよ。あの会社は単にデジタルバリバリのアクション映画を作って大金稼ごうぜ、というだけじゃない。それ以外に、あきらかにある種のテーマや使命感を持っている。

 これがマーベルという会社の意志なのか、プロデューサーの意志なのか、脚本家の企みなのか、いずれにしても上の人間が結託しなきゃこんなことはできるわけない。監督にそんな権限はないんだから。

え、そうなんですか? むしろ監督がこっそりやってるのかと思ったんですが。

押井:ハリウッドの監督というのは、日本と違ってギチギチに縛られてるから。「脚本やセリフを一言一句変えちゃならん」と。日本みたいに甘くない。だから監督だけの意志でできるわけがない。監督も結託した可能性はもちろんあるけど。

 だからマーベル映画といえども馬鹿にしちゃダメ。一度は見てみなきゃわからない。かねて僕が言ってるように、映画というのは読み解くものなんだよ。読み解いたときに初めて、映画の企みがわかる。お金を払って2時間楽しくヒーローたちの活躍を見てスカッとしようぜ、っていう人は、それはそれでいいんだよ。でも「それ以外の見方もあるぜ」という話なの。それこそが映画を作る人間の望んでることなんだよ。「わかる奴はわかってくれ」と。

 アメリカの映画界って本当に面白い世界なんだよね。「夢のハリウッド」と語って済ませられない複雑さというか、奥行きを持ってる。

懐の深さというか。

押井:そうそう。もっと言えば、その片方でとんでもない監督に平気で撮らせたりするんだから。マーベル映画とかDC映画ばかり作ってるわけじゃないんだよ。僕の大好きなティム・バートンとか、最近はすっかりディズニーに捕らわれて、監督としては尻子玉を抜かれたみたいになってるけど「マーズ・アタック!」(96)なんてまさにそうでしょ。ああいうのをティム・バートンに撮らせる懐の深さがある。

 あるいは「シン・レッド・ライン」(98)を撮った、テレンス・マリック。彼の「ツリー・オブ・ライフ」(11)なんてとんでもない映画、アートそのものだよ。エンタメのエの字もない。「シン・レッド・ライン」だって戦争映画という触れ込みだったけど、全然戦争してない。文芸映画を通り越してアートになってる。僕も好きな監督だけど、ものすごく美しい映画を撮る人だよね。ああいう監督にたまにポンとすごい規模で撮らせたりする。

 だからつくづくハリウッドって通り一遍には語り切れない。いつも期待しているというか、そういう思いで僕は見てる。ハリウッドのエンターテインメントの大作は時折こういうことをやらかすからね。

単なる娯楽作品を大量生産しているわけではない。

押井:あだやおろそかに見ちゃいかんと。社会派みたいな映画だけがハリウッドの良心じゃない……良心と言っていいのかもわからないけど、一種の政治性だよね。

その典型がこの映画なんですね。

押井:そう。「ウィンター・ソルジャー」ではひさびさに全面展開だったから驚いた。ありとあらゆるシーン、あのセリフもこのセリフも全部メタファーになってる。「裏目読み」というやつだよね。ちゃんと裏を読むと、全然別の映画に見えてくる。裏目読みは訓練も場数も知識も必要で、教養がなかったら裏なんか読めやしない。だから(「ウィンター・ソルジャー」では)アメリカの歴史を知っていればこそメタファーが有効になる。

それを知らなくても、普通に面白く見られるところもすごいです。

映画に込める「もう1つのメッセージ」

押井:そうそう。そこがすごいところなんだよ。僕もそれを心がけてるんだけど、うまくいったりいかなかったり。「機動警察パトレイバー the Movie」(89)とか「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(95)は成功した例。普通に見ても面白かったはずだし、なおかつ僕は言いたいこともやりたいこともすべてやった。でも調子に乗ってやった「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」(84)とか「イノセンス」(04)とかはエンタメとしての限度を超えちゃった部分がいっぱいあった。

「ビューティフル・ドリーマー」は十二分にエンタメだと思いますけど。

押井:そうか、あれはまだ幸福な例だったけど、そのあと調子に乗った「天使のたまご」(85)がよくなかったね(笑)。

 いつも目指してはいるんだけど、エンタメと自分の哲学、ある種のメッセージ性との両立というのは大変難しい。素材にもよるからね。

そうだと思います。