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北の国、ソ連から来た兵士、ってことかなと思ってたんですが。

押井:これは帰還兵のことなんだよ。帰還兵というのはベトナムのときも問題になったし、戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)をめぐる映画が山ほど作られたけど、それとは別に「帰ってきたときには、前とは違う人間になっている」ということの象徴でもある。

 典型的なのは捕虜になって帰ってきた人間。彼らは洗脳されてないかどうかを真っ先に疑われる。これは朝鮮戦争で始まったんだけど、捕虜として敵の手に落ちて、再び戻ってきたらものの見事に洗脳されていた、ということがあったんだよ。

恐ろしいですね……。

押井:そういう「ウィンター・ソルジャー」である彼(バッキー)自体がこの映画のすべて。それは洗脳の恐怖だよ。洗脳によって、ヒーロー達が参加している「S.H.I.E.L.D(シールド)」という正義の組織自体が乗っ取られていた、という大どんでん返しにつながる……まあ、多分そういう展開だろうと思って見てたんだけど(笑)。しかもS.H.I.E.L.Dの最重要人物である、理事のロバート・レッドフォードがじつは敵だったと。

レッドフォードじゃありません、ええと「アレクサンダー・ピアース」が役名です(笑)。それにしても、レッドフォードが裏切る役だとは思いませんでした。

押井:でも考えてみたら、レッドフォードがただ単なる「偉い人」の役で出てくるわけないじゃん(笑)。あのアメリカの良心そのものみたいなレッドフォードがあえて悪役で、しかも洗脳してくる側、というのが面白い。ああいう「組織のトップが敵だった」というのは、アメリカ人にとって最大の恐怖なんだよね。だからレッドフォードぐらいは持って来ないとインパクトがない。

 とは言え、この役をレッドフォードによくやらせたよね。

我々の世代にとってロバート・レッドフォードと言えば、ウォーターゲート事件を題材にした映画「大統領の陰謀」(1976)で、ニクソン大統領の疑惑を暴くワシントン・ポスト紙の記者、ボブ・ウッドワードを演じた人ですからね。

押井:これはあきらかに、プロデューサーか脚本家かわからないけど、あの映画を作ったクリエイターたちの確信的行為だよ。すべてがそれに集約される。

冷戦を通り越した男

押井:そもそも、このキャプテン・アメリカというヒーローにはほかのヒーローと決定的に違う部分があるんだよ。

なんでしょう。

押井:キャプテン・アメリカの本質と言ってもいいんだけど、大戦中にアメリカのために戦い、北極海に墜落して氷の中で眠りについて、救出されて目が覚めたら冷戦を通り越してた、ということ。要するにキャプテン・アメリカというのは、一番肝心な時代をスルーしちゃった男なんだよね。冷戦時代の間はずっと冷凍睡眠で寝てたんだから。

 それが端的に表れてるのが、この映画の最初の場面。ジョギングのシーンから始まるんだけど、そのジョギングしてる場所というのが、ワシントンのオベリスク(ワシントン記念塔)がある有名な場所(ナショナル・モール)。あそこはベトナム戦争のときには帰還兵の集会をやった場所で、反戦運動で帰還兵が初めて登場した場所でもある。

そういう象徴的な場所なんですね。

押井:そう。のっけから「ウィンター・ソルジャー」というテーマを象徴する場所から映画が始まってるわけだよね。僕らの年代の人間にとっては、例のリンカーンの彫像がある広場。そしてアメリカの象徴であるオベリスク。オベリスクはいろんな映画の中で何度も倒されてるし、あるいはよくUFOが飛んでくる場所でもある。ホワイトハウス以上にアメリカを象徴する場所なんだよ。

 ホワイトハウスは国家の最高権威が住んでる場所であり政治の中心なんだけど、あの広場はアメリカの歴史そのものなんだよ。オベリスクというのは歴史の象徴だからね。ベトナム戦争のときはどれだけ反戦集会が開かれたか。僕も何度もニュース映像で見てたから覚えてるし、アメリカ人が忘れるわけがない。だからこそ、そこから始めた物語が政治的な寓意をふくんでないわけがない。

確かに「何か」があることを感じさせます。

押井:キャプテン・アメリカがそういう「意味のある場所」を早朝に走っていて、後に仲間になる、翼で飛び回るおっさん(ファルコン)と出会うんだけど、何度も何度も追い抜いていく。「左から失礼」って言いながら、しかも時計周りに走ってる。

それにも意味があるんですか。

押井:これもある種の象徴的な表現だよ。アメリカにとって一番重要な時間をスルーしちゃった男が時計回りに走ってる。しかも「左から失礼」とか言ってね。「左から失礼」ってかなり意味深なセリフだよ。もともと陸上のトラック競技は反時計回りに走るから、周回遅れの人間を追い越していくときに右側から抜かなきゃいけないというルールがある。にもかかわらず「左から失礼」と。あのセリフはあきらかに意味がある。「左」が文字通り政治的な左翼を意味してるのかどうかは知らないけど。

そこまでは考えていませんでした。

押井:意味あり気な場所に意味深なセリフ。だからテレビの前で座り直したんだよ。「これはなんかやる気だ」って。