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(イラスト:西尾 鉄也)

前半では、「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」(2014)から、アメリカの冷戦時代の赤狩りの脅威を暗示したメタファーを読み解いていきました。面白い映画には、エンタメと寓意が共存している。「映画で学ぶ現代史」は、面白い映画の中に存在するメタファーから、込められたもう一つのストーリーを読み解いていく企画でもあるんだ、と、今気づきました(笑)。

押井:それはよかった(笑)。それにしても「ウィンター・ソルジャー」は本当に驚いた。最近ハリウッド映画にそういう政治的なメタファーを僕はあまり感じてなかったからね。メタファーはたまにあるんだけど、あってもさほど政治的じゃなかった。哲学っぽいものなら、例えばギレルモ・デル・トロとかあったけどね。

デル・トロですか。「パシフィック・リム」(13)の。

押井:あのおっさんはモンスター映画専門だと思ったら大間違いで、ちゃんと哲学が入ってる。トンデモ系の哲学だけどさ(笑)。「シェイプ・オブ・ウォーター」(17)とか「ブレイド2」(02)とか「ヘルボーイ」(04)とか。もちろん「パシフィック・リム」も。あれはデル・トロの趣味で、アニメが大好きなことはよくわかった(笑)。だけどモンスター系をやるときにこそあの人の思想が出てくる。単に半魚人大好きというだけじゃない。

そんなデル・トロ監督の思想とは何でしょうか。

押井:ひと言で言えば、あの人の全ての映画を支えてるのは「マイノリティ」なんですよ。

あ、そう言われてみれば。

押井:彼自身がメキシコ系で、ハリウッドにおけるマイノリティなんだよ。彼に会ったときに「自分本来の仕事はスペインでやる」って言ってたから。例の「パンズ・ラビリンス」(06)がそう。あれを撮った男がなぜ「ヘルボーイ」を撮れるのか。それは映画の本質がわかっているから。一見わからないところでやるんだということを、デル・トロはよくわかってる。だから僕は評価してるんだよ。

 彼はマイノリティしか描いてこなかった。吸血鬼だろうがミュータントだろうが半魚人だろうが。「シェイプ・オブ・ウォーター」で半魚人と恋愛するおばさん、彼女が典型的なマイノリティだよ、聾唖者だもん。そして、悪役が典型的なアメリカの家庭を持った白人。わかりやすいでしょ? アメリカ人だったら、彼のまなざしがどっちに向いているかすぐわかる。デル・トロに(マジョリティ側の)「キャプテン・アメリカ」も撮らせてみたいよね。どうやって戦うのか。

正反対ですもんね。

押井:「キャプテン・アメリカ」は、あまりにもアメリカの理想を体現したがゆえに、ものすごく生きづらくなったっていう、そういう映画だから。お尋ね者にまでされちゃった。

あのものすごいコスチュームで誤解してました。愛国者だけど、「米国政府の犬」というわけじゃない。

押井:「本当の愛国者はこういうものだ」という理想だよね。自分がアメリカを応援する内実は何なんだと。これはヒーローとしてはつらいんですよ。

映画製作者が仕掛けるタイミング

押井:でも、マーベルだけじゃなくてDCでも最近はそういう怖い問いかけをやってるんだよね。「もしかしてスーパーマンってやばくない? あの人が本気になったら人類やばいんじゃないの?」ということで、バットマンが退治にいくのが「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」(16)。これは珍しく劇場に見に行きました。

何が気になったんですか。

押井:監督が「300〈スリーハンドレッド〉」(06)のザック・スナイダーだから。僕が評価してる監督のひとりですよ。マイケル・ベイだったら絶対許さない(笑)、だけど「ザックだったら許しちゃってもいいや」とえこひいきしてる。

※ザック・スナイダー……アメリカの映画監督。「ゾンビ」のリメイク映画「ドーン・オブ・ザ・デッド」(04)でデビュー。合成やCGを多用して現実離れしたビジュアルを生み出す作風が特徴。主な作品に「ウォッチメン」(09)「エンジェル ウォーズ」(11)など。

 それと、「バットマンvsスーパーマン」のような「VSもの」とかコラボをやるときは、手練手管やメタファーを行使しやすいから、チャンスなんですよ。

それが「現代史」で取り上げたくなる作品が生まれてくる機会になるわけですね。でも、どうしてコラボものなんですか?