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(イラスト:西尾 鉄也)

(前編はこちら

「世界大戦争」(1961年公開、「Amazon Prime」で配信あり)について、最後の晩餐シーンが有名だ、というお話の続きです。

押井:映画の中では、これから核戦争が始まるということで、フランキー堺(が演じる田村茂吉)一家揃って「最後の晩餐」をするんだよ。

前編で語られた、「明日のことは分からないが、今日と同じと信じなければやっていられない」という日本の一般市民を代表するような、フランキー堺の田村一家が。

押井:その最後の晩餐で庶民が何を食べるか。これ結構、子どもの世界では真剣なテーマだったんですよ。「お前だったら何食べる?」って、散々ああでもないこうでもないって。

押井版「最後の晩餐」

押井少年の「最後の晩餐」は何だったんですか。

押井:僕はね、断然マスクメロンだったの。マスクメロンって食ったことないから。

食べたことなかったんですか。

押井:庶民が食えるわけないじゃん。当時は八百屋とは別に果物屋が存在しててさ、季節の物しかないんだけど。柿の季節は柿、梨のときは梨、リンゴのときはリンゴとかね。それで、いちばん奥の神棚っぽいところに桐の箱に入ったメロンが鎮座ましましていたわけ。これは温室で作っているから季節は関係ない。

 これがとんでもない値段だったんですよ。死にかけた病人か、宝くじ当てたおっさんしか食えないだろっていうような。当時の子どもにとって、マスクメロンは幻の果物だったんだよね。僕が最初に食ったのは、確か誰かの結婚式だったと思うんだけど、「こういうもんか」っていう感じだった。

期待が大き過ぎてがっかりしたわけですね。

押井:まあ、「世界大戦争」が公開された当時、このシーンも子どもたちにとっては話題沸騰で、「世界が滅びるときにお前何食いたい」って、いろんなことを言う。僕にとってはマスクメロンだった。だから、その一家は最後に当然マスクメロンを食ってたと思い込んでたわけ。そしたら「そんなもん出てこない」って言われてさ、「いや、そんなはずはない」って。確かお稲荷さんの山があった。巻き寿司もあった気がするんだけど。それはみんなも、なんとなくあった気がするって。でもメロンはなかったって言われたんだよね。

あれ、この連載のために映画を見ましたら、お稲荷さんの後に子どもたちはメロンを食べてましたよ? あの混乱の最中にどこで手に入れたんだろうと思いましたが。

押井:やっぱり俺の記憶のほうが正しかったんじゃん! それとさ、フランキー堺がとっておきのウイスキーを飲んでた気がしていたんだよ。外国の記者から貰った舶来で、何かいいことがあったときに飲むんだって大事にとってたやつを、一人でちびちび飲む……と思ってたら、「いや、奥さんと熱燗を飲んでた」って。

あ、そちらは「奥さんと熱燗」が正解です(笑)。

押井:映画の中の食べ物って、僕は印象に残っているほうなんだけど。フランキー堺がウイスキー飲んで、子どもたちに「マスクメロンを食え」って。子どもたちが「こんなおいしいもの、後に取っておく」って言ってさ。でも「後」なんてないんだからさ。あそこ、いいシーンだったよねって言ったら、「そんなシーンなかった」ってみんなに突っ込まれた。

「後に取っておく」もなかったですね。すぐにもりもり食べてました。その辺は監督お得意の「記憶のねつ造」ですね(笑)。

押井:僕はしょっちゅう、その手の記憶のねつ造をやらかすんだよ。でもそれを検証しようという気がおきないんだよね。「そのほうがいいじゃん!」って。だってさ、フランキー堺がウイスキー……スコッチかなんかの舶来物を少し飲んでて、子どもたちがメロンを我慢している、後に回したがっているっていうシチュエーションのほうが、本当の映画より全然いいじゃん(笑)。

いいですね(笑)。演出としてもすごく面白い。

押井:だから後々までずっとそう思ってたの。だけど、どうも僕の記憶違いだったらしい。

押井版だったわけですね。