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押井:僕はこの人がてっきりアメリカ大使館の運転手だと思い込んでいたんだけど、「それ、違う」って真っ先に指摘された。

そうですね。外国メディアのプレスセンターの運転手ですね。

押井:外国人を乗せてるから大使館かと思ったみたい。それで車の中で外国人記者、要は東宝特撮によく出てくる外国人のオジさんなんだけど。それが「どうも戦争になりそうだ」とかたどたどしい日本語で喋ってて、車の中の会話で「情勢の推移」が進展する、そういう構造だったと思う。

 フランキー堺は基本的に戦後の日本人の典型として描かれている。戦争が起きるなんて全く思ってない。今の日本人もそうだけど。「そんなこと考えてたら生きていけないよ」っていうさ。

まあ普通はそう思っちゃいますよ。

押井:「みんなワアワア言ってるかもしんないけど、そんなもんが起きるなんて考えて生きていられるか」っていう典型的な日本人。家に帰ると、当時の日本のオトウチャンがそうであったように、家長なわけですよ。絶対的独裁者。奥さんが乙羽信子で、この人も典型的な「日本の主婦」。家のことは全部やるんだけど、お父さんがあんまり景気いいことを言うと、ちょっとたしなめるとかね。

 そして子どもが三人だったかな。年長の長女が星由里子。あと下に小さい娘と息子がいたような気がする。

冒頭に七五三のシーンがあるから、下の女の子が7歳で、男の子が5歳なんでしょうね。

押井:星由里子は下の子と年が離れてんだけど、子どもは基本的にドラマを担えないから、星由里子が「家庭のドラマ」担当なわけ。宝田明と恋仲で、この二人はどの映画でもだいたいいつも恋人(笑)。宝田明が確か外国航路の船員だったかな。だから度々日本を留守にするんだけど、帰ってくる度に二人で会って「結婚しよう」「でもお父さん頑固だし」みたいな。この設定が後で効いてくるんだけど。

戦後の典型的な庶民像が見事に

押井:当時の日本の家庭はだいたいそんなもんだったんだよ。そろそろ女性の権利がどうのこうのあったけど、お母さんは控えめ。娘は多少そういう意識があっても、「お父さんをどうやって説得しよう」みたいな。いまだったら説得もヘチマもあるか、勝手に生きるぞってなるんだろうけど、このころはそういう時代じゃなかった。

でもフランキー堺も実は恋愛結婚で、そこを突かれると反対できませんでした。

押井:そして基本的に一家の収入源は親父。星由里子は働いていたと思うんだけど、仕事は何か全然覚えてないなあ。そういうふうな一家。

 僕が一番覚えているのは、フランキー堺が「マネービル」をやってるの。マネービルという言葉自体がいまは死語かもしんないけど。

すみません、初めて聞きました(笑)。

押井:マネービルディングってやつだよね。要するに庶民の家庭でも財産を増やしていくっていうことが流行り始めたんだよ。給与生活者が増え始めたということなんだと思う。株だったり、投資信託だったり。確かうちも一時、親父が手を出したことがある。大損こいたんだけど。

私立探偵のお父さんですよね(笑)。

押井:うちの親父は元々ホラ吹きで、「いやー、このあいだもね、株で500万もスッたんだ」とかね。それも嘘で、たぶんその10分の1ぐらい。それはともかく、財形貯蓄とか投資信託という言葉が日常的に交わされ始めたころなんだよ。フランキー堺はハイヤーの運転手だから固定収入があるわけで、それでマネービルをやってるという。その情報源がつまりプレスセンターの記者なんだよ。世界の経済がどう動くかってことを聞いて、なけなしの財産を投資しているわけ。たぶん株だったと思うんだけど、もちろん子どもだから興味もなくて何も覚えてない。

 それで金を貯めて、自分がやれなかったことを子どもたちにしてやるんだっていうさ。奥さんには別荘を買ってやり、星由里子、長女には派手な結婚式をっていう……たぶんフランキー堺の夫婦はちゃんと結婚式をしてないんだよね。一番下の息子は絶対に大学に入れるんだと。下の娘の方は何だったかよく覚えてないんだけど。

「スチュワーデスにする」ですね。

押井:そういう夢を持ってるから金儲けしたいっていう、当時の戦後の日本人庶民の典型。非常にエネルギッシュで前向きで、その代わり危機意識とかはほとんどない。どうせなんとかなるだろう、日本だってちゃんと復興したじゃないかって思ってる。庶民で親父が働き手で、裕福ではないけどまずまず普通に幸せに暮らしていて、一生懸命働いて、子どもたちには豊かな未来を与えるんだっていう、当時の平均的な庶民像だったと思う。脚本は当時の世相を正直に追っているわけで。

僕の父親もそういう感じでした。世代的に。