角川映画とキービジュアル
押井:「天と地と」で録音をやった人からいろいろ話を聞いたけどさ、あれだけの大作でありながらダビングの期間が一週間なかったってさ。まあ渡辺謙が白血病でリタイアとか、いろいろあったからね。騎馬軍団を大俯瞰で、赤と黒がグチャグチャというあの画がすべてだよ。
「赤と黒のエクスタシー」ですね。
押井:それで言うと、やっぱり角川映画って日本映画にしては珍しくビジュアルがあった気がする。キービジュアルというやつ。僕に言わせると、キービジュアルがあるかないかというのは映画にとって大事なことなんだけど、日本映画にはだいたいキービジュアルがないんですよ。
キービジュアルというのはその映画を思い出すときに必ず浮かぶ構図というやつ。「風と共に去りぬ」(1939)みたいなやつだよ。タラの丘のシーン。「風と共に去りぬ」と言えばだいたいみんなあのシーンを思い出すわけじゃん。タラの丘にでっかい木があって、スカーレット・オハラが立ち尽くしてるという。あれをキービジュアルと言うの。
角川映画はそういう意味ではキービジュアルがある作品が多かった。まあ、繰り返しスポットで見たせいもあるんだけど。そういう意味ではあらかじめ印象に残るように世に送り出されてたよね。あれだけスポットを見て、あれだけ歌を聞いて、あれだけポスターを見たらね、それはやっぱり印象に残る。アタマに焼きつくよ。
それまではそんなにバンバカ宣伝するような映画はなかったんですか?
押井:なかった。大量宣伝ということ自体が当時の日本映画にはなかったから。新聞広告で観に行ったりとかね、そういう時代だから。
それこそ情報誌も少ないですよね。
押井:「キネマ旬報」ぐらいしかないもん。「ぴあ」が出たのは何年だったかな。70年代後半にはあったような気がするけど。
調べたら72年ですね。
押井:じゃあ学生のときにあったのかなあ。僕は新聞広告とかを見てスケジュールを立ててた。それぐらいしかなかったんだもん。だから「ぴあ」は画期的だったよね。
それ以外の人は何を頼りに映画を選んでたんでしょうか。映画を観に行って次の映画の予告編を観るのかもしれないですけど。
押井:昔は近くに映画館がたくさんあったからね。もう中央線の沿線なんて映画館はほぼ絶滅したけど、当時は駅ごとに映画館があったから。三鷹にだって3館、国分寺なんか4館あったから。で、本当に映画好きな人間は「キネ旬」を読んだり、あとはだいたい新聞広告。だから角川がやったみたいな、雑誌の表4広告だったりテレビスポットというのは相当インパクトあったんじゃないかな。「観た?」「昨日観てきた」というそういう会話を金子修介ともずいぶんした気がするもんな。「どうだった?」とかってさ。そういう時代だよね。
そういう意味で言うと、角川映画がやったことというのは角川映画自体が終わりかけてても、のちにテレビ局映画が引き継いだね。それもほとんど威力はなくなりつつある。今でもやってるかもしれないけど。もっと言えば奥田(誠治)さんの時代だよね。奥田さんも日本テレビを辞めちゃって、今は松竹だったかな。
映画は第一線のメディアではなくなった
押井:そろそろ結論なんだけど、僕からすると結局、角川映画はバブルという時期から日本の景気と一緒にゆるやかに衰退していっただけなんだよ。テーマを持てないまんまグローバリズムに押し切られちゃったというふうに僕は考えてるんだけどね。
角川映画は日本の映画界を変えたんでしょうか。
押井:変えたと言ってもいいんじゃないかな。大量に宣伝するというのと、やっぱり「メディアミックス」の流れを作ったのは大きいよ。原作ものを映画化して両方で儲けるんだと。そういう流れが生まれたことは間違いない。「出版社映画」から「テレビ局映画」に変わったけど、その流れは今でも続いてるよね。アニメも実写も、原作ものばっかりでさ。角川映画は小説だったけど、それが漫画に変わっただけだよ。
以前は漫画原作と言えばアニメがほとんどでしたが、いまや実写映画も多いですね。
押井:もはや原作ものじゃないと企画が通らないからね。オリジナルの企画は本当に難しい。それって結局、映画館が単なる「追体験の場」になったということなんだよ。原作の面白さを損なわないように映像化する、観客の側もそれを求めて映画館に行くわけでさ。そんなんでいいの、と思うんだけど。要するに映画は第一線のメディアではなくなった。少なくとも日本ではそうだと思うよ。原作漫画の追体験の場にすぎないんだから。
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