押井:現場で何十万かで買い取ったんだよね。確か100万しなかったと思う。買ったときは何に使うあてもなくて、ガッパの回(第5・6話「大怪獣現わる」前後編)で使おうと思ってたんだけど、熱海まで持って行けないというのが後で判明した。

あれが乗るトレーラーなんてそうそうないでしょうし。

押井:まあ、バラして運ぶんだけどね。結局、砲塔のところだけはスタジオで合成用に撮ったんだけど。それはともかく角川映画って私にとっては戦車の記憶とつながってる。ただねえ、作り物の61式はいまひとつだったのと「野性の証明」のパットンが忘れられないよ。「パットンかよ……」という。

まだ言いますか、なんというガッカリ感(笑)。

押井:いや、なぜかと言うと、当時の主力戦車はM60の時代だったんですよ。正確に言うとM60A1というやつだけど。パットンはもうすでに第一線を退いてたわけ。じゃあどこで使っていたかと言うと、州軍で使ってた。だからあれはたぶんカリフォルニアの州軍のパットンを動員したんだよ。米軍が協力したというよりも州軍の協力だったんだよね。

Wikipediaにも「当時の陸軍州兵」と書いてありますね。

押井:そうでしょ。M48が出た瞬間「あ、州軍だ」と思ったもん。州軍はどうしても兵器が型落ちになるんだよ。たとえば州軍もF-16を使ってるんだけど、最初のタイプなんだよね。いわゆるレガシーというやつ。いまのF-16とは性能的に比べものにならない。パッと見はよくわからないかもしれないけれど、全然別物なんだよね。だから兵器を見れば映画の背景はわかるんだよ。アメリカでのB級のSFというと州軍のF-16がほとんど。

 州軍というのは州によってみんな違ってて、協力してくれるところもあるし「そんなことやってる場合じゃないよ」というところもある。使わせてくれる州はだいたい決まってるんじゃないかな。たぶんそこに行って撮るんだよ。

米軍は協力してくれないんですか?

押井:米軍はもちろん、四軍とも映画に協力する。一番映画やドラマをうまく使ってるのは圧倒的に海兵隊。海兵隊は昔から映画にすごい力を入れてるから。で、クリント・イーストウッドなんて完全に海兵隊映画専門だもん。

軍と映画業界の蜜月関係

米軍はもちろんプロパガンダとしてやってるわけですよね。

押井:もちろん。ちゃんと脚本をチェックする映画担当の部署まである。脚本チェックに始まって、実際の現場の手配から何からコーディネートする。ああいう部署も海兵隊のなかにあるんだよ。海兵隊の次にうまいのはたぶん海軍。アメリカ陸軍ってハリウッド映画にそんなに出てこない。ほとんどが海兵隊なんだよ。ドラマシリーズも海兵隊。「CSI」とか主役クラスで元海兵隊員みたいなやつはやたらいっぱい出てくるから。海兵隊上がりの刑事とかそういう設定だったらまず間違いなく海兵隊のバックアップがある。

 「NCIS~ネイビー犯罪捜査班」(2003~)だったかな、うちの奥さんが好きなんだけど海軍の警察組織のテレビドラマがあるんだよ。これは完全に海軍がバックアップしてる。で、空母のなかで撮影したりしてるから。とにかくそういうのは必ずバックに四軍のうちどれかが入ってる。

自衛隊も最近はわりと協力的になりましたけど、さすがにまだそういう撮影のコーディネートまでする部署はないですよね。

押井:僕がお世話になったのは空自の広報と陸自の広報。実際に映画で協力ということになると本庁の許可が必要であってさ、いまだったら防衛省だよね。「機動警察パトレイバー2 the Movie」(1993)のときは航空自衛隊の現場にずいぶん協力してもらった。当時は防衛庁だったかな。でも「パト2」のときは作品に名前が入ってないの。

どうしてですか?

押井:現場の人間から「本庁の許可はもらわないほうがいいですよ。もらっちゃうと審査が入るから」ってアドバイスされたから。

クレジット入れなくても協力してくれるんですか?

押井:取材協力だからね。実際に撮影したわけじゃないんで。いろいろお話を聞いたりとか見せてくれたりとか。戦車にも乗せてもらったし。「首都決戦」のときに初めて駐屯地の中で撮影した。F-2も撮ったし、コブラも撮った。実際に空撮までやってもらった。あれがかなり大変で、防衛省の許可を取るのに担当のプロデューサーが日参してひと月以上かかったんだって。あとでお叱りをいただいたそうだけど。コブラが撃墜されてるから(笑)。

そんなの脚本でわかるじゃないですか(笑)。

押井:「落ちてるじゃないか!」って。

お叱りぐらいで済めばいいですけど。

押井:やっちゃったものに関しては公開中止だとか差し止めだとかはないけどね。それもほら、日本版の「トップガン」、織田裕二の「BEST GUY」(1990)か。航空自衛隊全面協力だけど、僕が空自の広報に行ったときはボロクソに言ってたもん。「あれだけ協力したのにひどいじゃないですか!」って。陸自の協力した戦車部隊の隊員と、名取裕子のメロドラマもあるんだよ。タイトル忘れちゃったけど。「マドンナのごとく」(1990)だっけ? それも怒ってた。「ベッドシーンばっかりだ!」とか言ってさ。自衛隊はなかなか映画と相性がよろしくない。

そうかもしれません(笑)。

押井:それはさておき、角川映画にはどうしても手に入れられなかった、足りないパーツがあるんだよね。

そろそろ紙幅が尽きますので、そのお話は次回にうかがうことにしたいと思います。

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