押井:まさにあれなんだよ。実際に映画を見た人間がどれだけ文庫本を買ったのかは定かじゃないけど、原作本が売れまくったことは間違いない。そのことで文庫というジャンル自体も変えちゃったわけだよね。映画の宣伝に乗じてブームで大量に売りまくった。それまでは文庫と言えば、岩波文庫とか中公文庫みたいな、「読書人のために単行本よりも安くして、長い間売ります」という「ロングテールビジネス」のジャンルだったわけだ。だけど角川文庫はそうじゃなくて、文庫本を怒涛のように印刷して、本屋にバンバン山積みして、一過性で大量に売っちゃうという仕組みにした。そういう意味で言えば文庫の世界を変えちゃったんだよね。

映画業界に革命を起こした角川映画

押井:角川映画は、映画に関してはあらゆるジャンルをやったわけだよね。角川文庫の原作という前提はあるにしても、青春映画もあればSFもあればミステリーもあれば、アイドルまで売り出した。角川三人娘(薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子)というやつだよね。そうやって次々と新しい戦略を打ち出して、既存のメディアを糾合して、「角川映画」というひとつのメディアを作りあげた。そして結果的には文庫のほうがおまけのような印象になっちゃった。

革命的ですね。

押井:要するに新しいメディアを作るんじゃなくて、既存のメディアをうまく組み合わせてインパクトのある動きを作り出そうとした。それが角川映画。いまだったら「メディアミックス」と言えるんだけど、当時としては本と映画を連動させるんだという発想だったと思う。そのやり方は、そのうちアニメでもいろいろ始まったりして、違う展開も出た。

角川映画でも「ファイブスター物語」(1989)など、自社のマンガ作品を原作にしたアニメが出てきますね。

押井:その辺がマンガとテレビアニメを連動させる動きにつながっていったんじゃないかな。

なるほど。

押井:だから角川映画の何が新しくて事件だったかと言うと、戦後の日本のメディアの世界に、単独者としての最大の風穴を開けたことだよ。後に東映が始めたVシネどころの騒ぎじゃない。

角川映画の中で、そういうエポックさを感じられる作品は何でしょうか。

押井:「人間の証明」と「野性の証明」は大きかったんじゃない? とにかくいままでの日本映画にはないタイプの大作だった。話自体も、スケールが大きいというか荒唐無稽……というほどじゃないかもしれないけど、普通に考えたら「どうよ?」というストーリーだけどさ。

ですよね(笑)。

押井:たとえば「人間の証明」というのは松本清張みたいな話じゃん。「ゼロの焦点」とかあの辺の話だよね。戦後に暗い過去があって混血児を生んだ女が、いまはセレブになってるんだけどその息子が会いに来て、結局殺しちゃいましたというさ。これってまるっきり松本清張だよ。

 次の「野性の証明」になると、かなりぶっ飛んでるわけだ。高倉健が自衛隊の特殊部隊の隊員(味沢岳史)で、ある集落でたまたま住民を殺してしまったと。そして、いろいろな経緯があって、集落の生き残りの女の子を守りながら、日本の某地方を牛耳ってるボス(大場一成、演じるは三國連太郎)と戦うというわけわかんない話。

大場は自衛隊の演習をヘリから見学してますよね。日本であんなことできるんですかね。

押井:どうかなあ。言ってみれば自衛隊の部隊を地域のボスが動かしてるわけだよね。それで、味沢は戦車の群れと戦うという。

森村誠一の原作にはなかったシーンだそうです。

角川映画というテーブルにはなんでも乗っかる

最初はサスペンスっぽいノリなのかなと思ったら、突然「コマンドー」(1985)みたいな映画に変わるという(笑)。そして役者はなぜか「仁義なき戦い」(1973)に出ていたおじさんがいっぱい出てるし。なんかよくわかんない話です。

押井:よくわかんないよね(笑)。自衛隊のシーンはカリフォルニアでロケしてて、作中では「国内の某県」って言ってるけど、どう見たって日本じゃないだろうというね。そもそも出てくる戦車だって、自衛隊で使ってないM48パットンだしさ。そしてM48パットンを大量に動員して、戦車でチェイスみたいなのをやったり、崖から戦車落として爆発させたりとか。

ミリタリーに疎い僕でもさすがに、日本の自衛隊はそんなことやらないだろうと思いました(笑)。

押井:自衛隊員の装備は確か64式小銃で、結構リアルだったんだよ。それが印象に残ってるんだけど。

そこですか。

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