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(イラスト:西尾 鉄也)

今回のお題は「野性の証明」(1978)ということですが。

押井:「野性の証明」という映画を代表として、「角川映画」について話そうと思ってるんだけど。角川映画って時代の幅が14、15年ぐらいあったんじゃなかったっけ。

1976年の「犬神家の一族」から始まって、角川春樹さんが薬物所持で捕まって角川書店を離れたのが1993年なので、17年ですかね。

押井:「人間の証明」は何年?

(調べて)1977年ですね。その辺は1年に1本ずつ公開されていて、「犬神家の一族」「人間の証明」「野性の証明」の順です。

押井:初めのうちは大作だったよね。最後の方は相当勢いはなくなってたけど、作品は何があったっけ?

1993年の「REX 恐竜物語」が最後のようです。

押井:ああ。最後の方の大作って何かある?

「天と地と」(1990)ですかね。

押井:あれはもう断末魔に近かったよね。完全に底が抜けてたから。「REX」はその底抜けのおまけみたいなもんだね。

「野性の証明」のころの角川映画はイケイケドンドンだったわけですよね。

押井:そうそう。映画業界に新しいやり方で参入して存在感を増していた時期だよ。角川映画の新しかったところは、角川文庫と連動してたことだよね。自分のところで原作の文庫本を山ほど刷って、大量の宣伝を打った。これがものの見事にはまっちゃったわけだよね。文庫は売れまくるわ、映画はヒットするわというさ。どっちが本命なんだかよくわかんないぐらい。そういう意味ではメディアミックスのはしりだよ。それがあちこちに波及していった。

みんな追随したということは、旨味があったということですよね。

押井:そうそう。一粒で二度おいしいというさ。

出版社が映画業界に殴り込み

押井:そして、角川映画の誕生は「出版社が映画を作る」ということの嚆矢でもあったわけだ。

いまでは異業種から参入するのは珍しくないですけど、当時としては画期的だったわけですね。

押井:それまでは共同製作みたいなやり方はあったにしても、出版社がヘゲモニーを持って映画を作るというのはなかった。いまだとテレビ局が作る映画なんかが山ほどあるけど、そういう「テレビ局が映画を作ります」という時代よりも、はるか以前の話だからね。

 映画業界じゃない、映像業界ですらない、いわゆる異業種から参入して映画を作るなんて、そんなことをやってるのは他になかった。だから当時は誰もうまくいくと思ってなかったんだよね。ちょっとうまくいったとしてもどうせ2~3本で終わるさ、と高みの見物してたわけ。ところが全然ちょっとでは終わらなかったわけだ。どちらがどれだけ売れたのかよく知らないけど、本は売れるわ、映画は当たるわ。

日本映画にとっては大変なエポックだったと。

押井:なおかつ、当時の日本映画業界は低迷期に入ってたから、映画人にとっては大量に仕事が増えることになった。それは役者はもちろん、監督から脚本から現場のスタッフに至るまでね。

低迷しつつあった日本映画界が角川映画によって潤ったわけですね。

押井:映画の現場からすれば、仕事をたくさんくれるのはありがたいし結構なことなわけ。それと、確か角川文庫は初めて印税を10%に上げたんだよね。

文庫で10%ですか。

押井:うん。それまでは8%ぐらいだったと思うけど、いきなり10%に上げた。それで作家を集めたわけ。そういう掟破りもやったり、いろんな意味で派手な展開をしたんですよ。いままでの慣習を破ったというかね。印税が10%になったというのはかなりよく覚えてる。「じつは裏取引もあったんじゃないか」という説もあったし、もっと印税を出して作家を集めたという説もあった。もちろんそれはつまびらかじゃないんだけど。角川文庫の有名なキャッチフレーズがあったじゃん。「読んでから見るか、見てから読むか。」というさ。

ありましたね。