(イラスト:西尾 鉄也)

ごぶさたしております。コロナ禍で緊急事態宣言が解除されるまで待っていたので、前回から3カ月以上空いての取材です。押井監督にとっても、「妄想はしてたけど見たことがない世界」を見ることができた3カ月間だったんじゃないですか。

押井:そうは言ってもほとんど引きこもってたからね。週に1回外に出るだけでほとんど家から出ないで過ごしてたけど、ストレスは全然なかった。

ウチは子供がいるから何かと大変だったので、うらやましいです。

押井:僕は引きこもり体質があるからさ、たっぷり本も読んだし充実した日々だったよ。どちらかと言ったら「もう終わっちゃうんだ」と、残念というかね。

「今日で夏休みもおしまい」みたいなやつですか(笑)。というわけで、もうお忘れかもしれませんけど、今回のお題は三池崇史監督の「DEAD OR ALIVE 犯罪者」(1999)です。

押井:もうとっくにしゃべったような気がしてた(笑)。Vシネ(※Vシネマ)の話になるんだろうけど、僕はVシネ大好きなのに、監督は1回もやったことがない。

※Vシネマとは、1989年から東映が始めた、レンタルビデオ専用の映画のこと

そうですね。純然たるVシネとしては一本もないですね。

押井:なぜなのか、自分でも不思議でしょうがない。ある時期までやる気満々でいたんだよ。でも誰も話を持ってこない。なぜなんだろう。

押井さんが「.50 Woman」で参加したオムニバスの「キラーズ」(2003)はややVシネっぽかったですけど。「キラーズ」の「PAY OFF」を監督したきうちかずひろさんは本業が漫画家さんですがVシネを何本かやってましたよね。

押井:「キラーズ」は無理やり映画館でちょっとやっただけだけどさ。

単身赴任のおともにVシネを見た日々

押井さんは一時期、毎日のようにVシネを見ていたと伺っています。

押井:ある時期に狂ったようにVシネを見てた。ちょうど「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」(1995)をやってるころだよ。(家は)熱海に引っ越しして、映画の仕事のために東京で単身赴任生活を始めたから、夜は暇なわけ。

1992~93年ぐらいでしょうか?

押井:たぶんそうだね。夜にやることがないから、仕事が終わってスタジオから夜10時ぐらいに帰るときに、レンタルビデオ屋に必ず寄るわけ。そこで毎日3本借りていくのが習慣だった。その3本を見てから寝る。そして翌日返しに行ってついでにまた3本借りちゃうと。昔の貸本屋みたいに、返しに行くと次のを借りるというさ。

そんなにヘビロテする人はあんまりいないと思いますけど(笑)。

押井:3本ぐらいすぐ見終わるよ。最初は映画を観てたけど、もともと映画をビデオで見るという習慣はなかったの。テレビでオンエアされたものは見るんだけど、あのころはもちろんVHSの時代で、わざわざカセットをガチャンとやって見る習慣は僕にはなかった。だから公開された映画じゃなくて、Vシネのほうに行ったわけ。映画とどこが違うのかなという興味もあった。あとは海外、アメリカのB級映画も山ほどあったから、それも見た。

そこで三池作品に出会ったんですね。

押井:もちろんそれ以前から、「鬼のようにVシネを撮ってる監督」と聞いて名前は知ってた。ヒーロー・コミュニケーションズというバンダイが出資した会社で三池さんとやってたプロデューサーと「ケルベロス 地獄の番犬」(91/以下、「ケルベロス」)で仕事したんだよ。

 その関係もあって三池さんの作品、空手ものの「ボディガード牙」(1993)とか、あの辺のシリーズをいっぱい見た。それ以前もアイドルものとか撮ったり、なんとなく変わった人だな、という認識はあったわけ。その流れで「DEAD OR ALIVE」を見たら仰天した。本当にびっくりした。まったく予想外だったから。

ですよね(笑)。

続きを読む 2/5 鈴木清順の呪いと映画の自在感

この記事はシリーズ「押井守の「映画で学ぶ現代史」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。