(イラスト:西尾 鉄也)
(イラスト:西尾 鉄也)

前編では、東映の「実録ヤクザ」路線が生まれるまでの背景を解説していただきました。

押井:まとめると、「仁義なき戦い」というシリーズが登場した背景は3つある。1つ目はそういう日本映画に脈々と流れるヤクザとかアウトローの「日陰者の世界」を舞台にした日本映画の系譜。2つ目は、邦画がそろそろ斜陽といわれてた時代の各製作会社の新規開拓路線という需要。3つ目はキャスティングがそろそろ難しくなった。日本人の趣味嗜好というよりは、はっきり言って着物が似合う役者が少なくなってきた。戦後生まれの若者たちは、体形が変わりつつあったんだよ。

食べるものや生活習慣が大きく変わりましたからね。

押井:もちろん見てきたものの差、教養の違いもある。アメリカ文化が席巻する中で生まれて育ってきたんだから。子供のときからズボンをはいてるし、女の子はスカートをはいてる。それが当たり前だと思ったら大間違いであってさ、そういうのは全部戦後だよ。男女共学とか。

僕もオリンピック以降に生まれた世代なので、そういうのが見えにくくなってますね。

押井:映画というのはやっぱりある程度「伝統」に支配されてるので、それに乗っかった方が楽だし洗練される。でもそれだと、時代が変わると通用しなくなるんだよ。いま時代劇はほぼ絶滅の危機にあるのもそれが最大の理由。スタッフもいなくなるし。結髪というカツラの人とか、殺陣師とか、日本刀を作るおじさんだってそれしかやってこなかったんだから。

時代劇に必要な技術は消えそうになっています。

押井:そういう膨大な裾野があって成立するのが時代劇。ヤクザ映画だって同じだよ。チョンマゲはないけど光り物、刀剣を使うし、大量に着物を着せなきゃいけないし。美術だって、かつての任侠映画なら大正期の日本家屋とか町並みとか人力車に至るまでちゃんと作ってたんだから。大量にそういう映画を作っていた時代が終わって、そういう基盤が失われつつあったんだよね。需要がなければそういうのはなくなっていくから。映画というのは、そういう時代的制約とか物理的制約に支配されている。じゃあ任侠映画が不可能になったときにどうするのか。

その後継となったのが、現代ヤクザものですね。

押井:東映は基本的にアウトローの世界しか作ってこなかったんだよ。お上品な世界は東宝におまかせ。松竹はまたちょっと別の時代劇の伝統がある。東映はいろいろ時代とともに変わってきたんだけど、そこで新しい路線として出てきた「実録もの」というのが引き立ったわけ。実録でヤクザをやるというさ。もちろん最初はシリーズになるとは思ってなかったと思う。「仁義なき戦い」の1本目はそういうふうにできてるから。だけど「もしかしたら続くかも」とは思ったから、どっちでもいけるように担保したラストシーンになってるんだよ。ラスト、菅原文太の「弾はまだ残っとるがよう」というセリフは「まだやれまっせ」という深作欣二の会社に対するメッセージ。まだ弾はありますよという。

撮ってる最中に続編が決まったらしいです。

押井:それは東映のいつものパターンなの(笑)。撮ってる間に「次もやるぞ」って言っておいて、1本目がコケたら即中止。有名な話だよ。「仁義なき戦い」は「数字がよかったらぜひシリーズにしたい」という意気込みを感じたよね。で、本当に当たったんだよ。

かなりの大ヒットでした。

押井:大ヒットしたからみんなびっくりしたわけだ。着流しとは全然違う世界で、欲望剥き出しというか、義理も人情もない世界。あれも戦後の映画なんですよ。焼け跡から始まるんだから。

ドーンというキノコ雲から始まります。

押井:僕もよく使う手(笑)。「あの決定的敗戦から○○年」って企画書に何回書いたかわからないよ。特攻くずれの人間とか焼け跡から始まる、間違いなく「戦後映画」。僕に言わせると、かつてあった戦後映画のストライクバック、逆襲ですよ。「もう一回やるぞ。昔みたいなぬるい戦後映画は作らねえぞ」っていうさ。

「ぬるかった戦後映画」への逆襲

それ以前の「戦後映画」はぬるかったんですか?

押井:昔の戦後映画は、今から思えばぬるかった。焼け跡から立ち上がって、こんなに日本人が苦労してがんばって、市井のささやかな幸せを……とかそういう感じ。松山善三の「名もなく貧しく美しく」(1961)だよ。文化国家になるんだ、世界平和に貢献するんだ、二度と戦争はしないんだというさ。

確かにそういう映画が多かった印象です。

押井:「名もなく貧しく美しく」というのが戦後日本の三大テーマなの。名もなく貧しいことが美しいことを担保するんだと。経済力も名誉も求めない、そういう美しい国を作るんだ、というのをしょっちゅう例えに出すんだよ。

学校教育もそんな感じですよね。

押井:要するに「仁義なき戦い」というのは、そういう「名もなく貧しく美しい戦後映画」に対する逆襲なんですよ。「そんなぬるいこと言ってるからこんなになったんだ」と。あの主人公たちが追求してるものって何なのか、という有名なセリフがあるでしょ。稼いで、いい酒飲んで、いい女抱いてというさ(「ワシらうまいもん食うての、マブいスケ抱く、そのために生まれてきとんじゃないの」)。

シリーズ第2作「仁義なき戦い 広島死闘篇」(73)で、千葉真一演じる大友勝利が言うセリフですね。

押井:そうそう。要するにアプレゲールだよ。アプレゲールって知ってる?

「戦後派」ですか?

押井:戦後派と言っちゃうとあまりにもざっくりしすぎてるんだけどさ。

続きを読む 2/6 欲望自然主義の台頭

この記事はシリーズ「押井守の「映画で学ぶ現代史」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。