押井:そうそう、それが梅宮辰夫と絡むんだけど(「色情トルコ日記」(74))、いきなりパラシュートで下りてくるんだよ? 何の設定もない。
すごい映画ですね(笑)。
押井:東映というのは面白い会社だけど、僕は一生縁がないだろうと思ってたんだよ。だけど「東京無国籍少女」(2015)で初めて組むことになった。
あれが初めてですか。
押井:あの撮影で初めて東京撮影所に行ったときに「撮影所の所長がお待ちです」とか言われて連れていかれてびびったんですよ(笑)。まあ、なんとかなるだろうと思ってさ。でもその所長というのが僕より若いんだよ。すごく腰が低くて、自らコーヒー入れてくれて「ひとつよろしくお願いします」みたいな。あとから聞いたんだけど「東映といったって、昔の怖い世界は関係ないですから」って。
そりゃそうですよね(笑)。
押井:そもそももう東映撮影所で東映の映画はほとんど撮ってないし。変わったんですよ。「恐ろしい所長とか恐ろしいプロデューサーとか、ヤクザみたいな役者が出る世界じゃありませんから」って言われて、その通りだった。なかなか面白い会社だったよ。いまだにキャスティング部があってとか、撮影所の名残があちこちにあるんだよね。撮影所も僕は撮りやすくて好きだった。
「ちゃんと売れそうに撮ってね」「もちろんです!」
押井:犯罪実録ものに限らず、当時の東映は売れそうだったらキワモノだろうがなんでもやりますという会社だった。映画青年たちはそれをみんな面白がってたんだよ。僕もそうだけど、片方でゴダールだベルイマンだアントニオーニだと語りながら、もう片方で東映の映画も追っかけてた。僕も当時は東映の実録ものはもちろん、日活ロマンポルノも第一作からほぼ見てた。
押井さんはピンク映画もずいぶん見に行ってたそうですが、エロ目的だったんですか? それとも映画的な欲望?
押井:そりゃもちろんエロいものを見たいというストレートな欲望もあったけど、映画青年だったから「どんな新しいことをやるんだろう?」という興味もあった。実際に手を変え品を変え新しいことをいろいろやったからね。
後のVシネマじゃないですが、最低限のエロさえ押さえてれば中身は割と自由ですからね。
押井:そうそう。日活ロマンポルノにはハードボイルドだってあったんですよ。長谷部安春とかね。「ダーティハリー」(1971)もどきの映画を作ったりとかさ、時代劇もあったし、いろんなことをやったのよ。そういう新しくできた路線というのは注目するに値した。だから東映の実録ものは「仁義なき戦い」はもちろん、だいたいもれなく見てるよ。「ルバング島の奇跡 陸軍中野学校」(74)とかね。
なんですかそれは。
押井:戦後、進駐軍の時代に米軍に対する抵抗組織があって、陸軍中野学校の残党が進駐軍に対するテロを計画していたとか、そういう映画を本当に気合入れて作ってたんだよ。それをあの人が帰国してきてすぐ公開したからね(元日本陸軍・小野田寛郎氏が74年3月に帰国、6月に映画公開)。だってネタ物だから、鮮度がすべてなんだよ。半年後に公開したって面白くないから速攻で撮って公開するの。そういうところが面白いと思った。東映はそういうの得意だったんだよね。だから「仁義なき戦い」が立て続けに撮られたのもお家芸みたいなものだよ。
今では考えられないスピード感です。
押井:昔のテレビがなかった頃、邦画はテレビと同じ役割をしてたんだよ。映画は毎週見に行くものだったから、週替わりで3本立てとか、すごい量産してたわけ。だからこそいろんな作品ができて、その中から珍作迷作駄作愚作がもれなく生まれる。企画を絞って売れそうなものを、なんてところには迷作とか怪作が生まれる余地なんかないんだよ。どんどん普通になっていくんだから。「よくわかんないけど本数が必要なんだから撮れ! 予算だけは守れ」という、そういうときこそ監督にとっては「やった!」とほくそ笑むときなんだよね。
押井さんがよく使う手ですね。
押井:僕はその手の映画が半分以上だから。「予算だけは守ってね」「大丈夫です、任せてください! でも中身はあんまり四の五の言わないでね」「ちゃんと売れそうに撮ってね」「もちろんです!」とか言ってさ。
一応「売れそうに撮る」とは言うわけですか。
押井:一応言う(笑)。「まあ、無理だよな」と思いながらさ。とにかくそういう新しい路線の映画の中から、「仁義なき戦い」も生まれたんだよ。
ようやく本題に入ろうというところですが、この続きは次回ということで。
(※次回は4月30日木曜日掲載予定です)
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