押井:でも、見せ場は最後の殺陣よりもその前の道行き。そこでみんな泣くの。感情が高まるところを演歌で高らかに歌う。あれはセルジオ・レオーネ(監督)のマカロニウエスタンみたいなもの。(オペラの)アリアと似てるんだよすごく。構造がよく似てる。その当時で言ったら高倉健の「唐獅子牡丹」とか「兄弟仁義」(66)とか……「兄弟仁義」は健さんじゃなかったか(北島三郎主演)。
あと、山下耕作監督の「(博奕打ち)総長賭博」(68)という任侠映画の集大成みたいな映画があるの。三島由紀夫がギリシャ悲劇にも通じるって絶賛したくらい、脚本がよくできてるんだよ。必然の糸に絡め取られて、主人公が悲劇を演じるというさ。すごく様式化されてて、「総長賭博」は一見の価値がある。
今度見てみます。
押井:でも普通に任侠ものの典型を求めるんだったら「唐獅子牡丹」とか「兄弟仁義」とかあの辺でいいんじゃない? 両方とも同じタイトルの主題歌がヒットしてるからね。どのぐらい評判になったかわかるでしょ。「唐獅子牡丹」は健さん自身が歌ってて、うまくはないんだけどやたらドスが利いててうなってるんだよ。だけどやっぱり北島三郎の「兄弟仁義」は僕もしびれた。アリアですよあれは。
すごい高評価ですね。
押井:北島三郎は海外からの評価が高いんだよ。向こうのミュージシャンが「ソウルがある。彼は偉大なソウルシンガーだ」って、間違ってはいないよね。節回しとかコブシとか、日本人の琴線をわしづかみにするところがあるわけだから。それはよくわかる。
量は質につながる
押井:そんな東映の任侠映画を見ていたのは、低所得者層のお兄ちゃんやオヤジたち。女性客は僕の記憶ではほとんどいなかった。とにかく鬱屈した若者たち、学生、無職、飲食店従業員とかそういう世界。某映画会社の社長曰く「柄の悪い客たち」って。
お客さんにそういうことを言うんですね(笑)。
押井:本当にそう言ったんだから。一定の人気を得て、そういうものが連綿と作られて、いくつか大傑作も残したわけ。だいたいそういう大量生産するジャンルは、たくさん作るために手を変え品を変えてやるから、結果的に傑作が生まれやすいんだよね。前にも言ったけど、ジャンルというのは成熟するんだよ。その過程で怪作、珍作、奇作、傑作、名作が生まれるというさ。それはプログラムピクチャー(公開予定のスケジュールに沿って量産される映画)だからこそ。
先程の「総長賭博」もシリーズものの一本(「博奕打ち」シリーズ)なんですね。脚本は「仁義なき戦い」と同じ笠原和夫で。
押井:そうそう。笠原和夫は「仁義なき」の前からずっと大御所だった。「総長賭博」は格調高くて様式化されてて、脚本に隙がなくて、キャスティングが重厚で、いかにも日本映画という映画。その一方で「博徒百人」(69)という、仮面ライダー総決起集会みたいな映画もある。
仮面ライダーは決起しないと思います(笑)。
押井:どんだけいるんだというさ(笑)。一個中隊は言いすぎだけど、何十人も仮面ライダーが出てくるのあるじゃん。全員に着せて撮るのって大変だと思うよ。昔から東映はそういうの好きなんだよね。集団戦闘というかさ。
押井さんも好きなんですか。
押井:僕は好きじゃない。だって傑作になるわけないんだもん。さっきの忠臣蔵と同じだよ。誰を撮って何やったらいいか、絶対わかんない。せいぜい「VSもの」が限界。「博徒百人」は、主役級が百人出るわけじゃないんだけど、そっち系の役者総出演みたいなすごい映画だったけど、あれを撮らされた監督は大変だったと思うよ。現場が大変。案の定ダルダルのとんでもない映画だったけどさ。
破綻するリスクを恐れない
その「博徒百人」シリーズは日活のようですね。
押井:あ、日活か。任侠ものや股旅ものは別に東映の専売特許だったわけでもないから。当時は堂々たる邦画のいちジャンルで、松竹も日活もやってた。
例えば鈴木清順が日活で撮った「刺青一代」(65)、高橋英樹のヤクザ映画だけど、これが様式化の極致なんだよ。有名なシーンがあって、殴り込みに行って襖をバーッと開ける。さらに襖があってバーッと開ける。次々に開けていくわけ。で、カメラがスーッと横に移動すると、廊下にダーッと敵が待ち構えてる。で、照明がパーンと変わったりとかね。清順だからそういう様式化されたヤクザ映画を撮ったんだけど、当時の映画青年が「清順すげえ」ってワアワア言った映画なの。
その頃はいろんな監督が任侠映画を撮ってたんですね。
押井:言ってみれば任侠映画とかヤクザ映画というのは、昔はどんな監督も一度は経験すべきものだったんだよ。市川崑だってもっと正統派の任侠映画を撮ったから。その一方で後に股旅ものの「木枯し紋次郎」(TV・72)とか「股旅」(73)とか、そういう大変化球も撮ったけど。時代劇だけど役者にカツラをつけさせないで、長髪で撮った。渡世人はヒッピーだというわけ。
あれは斬新でしたよね。
押井:市川崑という人はとにかく新しいことをやる人なんだよ。ある種のモダニスト。時々そういう変わったことをやるんだけど、僕に言わせれば、半分はスカ。破綻してる。
ええーっ、スカですか(笑)。
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