押井:最近のイギリスのドラマを見てると、MI6とか諜報機関のボスでおばちゃんがよく出てくるんだよ。昔風の渋いじいさんと言えば、「0011 ナポレオン・ソロ」に出てくる国際機関U.N.C.L.Eのボスもそうだったけど。「ナポレオン・ソロ」の話まですると収拾つかないけど、あれはその文脈で見ると、イリヤ・クリヤキンという主人公の相棒がロシア人という設定は結構意識してるよね。U.N.C.L.Eというのは国際的な組織だから、ソ連も加盟していてロシア人がいてもいいということになってたんだけど、あの時代はまだ冷戦中だったからね。だから小説版では亡命したロシア人というご丁寧な設定が書かれてた。

小説版があるんですか?

押井:これは原作小説というよりは、今で言うノベライズだね。テレビドラマのシリーズで語ってない設定とかを小説とかで補完してるの。イリヤ・クリヤキンってロシア人なのになぜU.N.C.L.Eなのって中学生でも思ったからね。

イギリス人は秘密兵器好き

押井:「007 サンダーボール作戦」(65)が好きだという人間は多いんだけど、僕はあんまり。あれはボンドガールが誰だっけ?

クローディーヌ・オージェですね。

押井:最初からビキニで出てきて、ウニの棘を踏んじゃってそれをジェームズ・ボンドが吸い出してやるというさ。そこで早くもよろしくやっちゃう。これは原作通りなんだよ。「サンダーボール作戦」の良さと言ったら、やっぱりヴァルカン(英アヴロ社製の戦略爆撃機/スペクターに核兵器を奪われる爆撃機として登場)でしょう。

そこですか(笑)。

押井:あの海中のヴァルカンの美しさ。フォークランド紛争までヴァルカンの見せ場はあの映画しかなかったからね。その後ヴァルカンはフォークランド紛争で復活して、ミリタリーファンはみんな燃えたんだから。不謹慎だけど(笑)。しかもそのとき空中給油に出動したのがヴィクターというさ。

いわゆる「3Vボマー(1950年代~1960年代の英空軍で使われた3種の爆撃機、ヴァリアント=Valiant、ヴァルカン=Vulcan、ヴィクター=Victorのこと)」の一角ですよね。

押井:そうそう。(3Vの残りの一つ)ヴァリアントの立場はどうしてくれるんだというやつだけど。もともとヴァリアントって保険で作ったやつだからさ。イギリスって面白いんだけど、必ず保険かけるんだよね。戦前の四発(重爆撃機)トリオみたいなもんだよ。ランカスターとスターリングと、出来の悪いやつ(ハリファックス)。でも結局ランカスターの独壇場になっちゃったわけじゃん。……全然関係ない話だなこれ(笑)。

もしかしたら、Qが奇天烈な秘密兵器を作るのは、イギリス軍が変な兵器を作るのと似てるんですかね?

押井:確かにイギリスは特殊部隊とか特殊作戦とか秘密兵器とかが昔から大好きで、だからエスピオナージになじむんだよ。「サイドボードでものを考えさせたらイギリス人が断トツだ」というさ。要するに企画とか発想とか設計とか開発計画ってことになると、だいたいドイツ人がすごいということになってるんだけど、じつはイギリス人のほうが凝り性なの。世間では誰も知らない言葉だけど。

 例えばスピットファイアって30以上の形式があるんだよ。ユニバーサルウイングという翼だけ変えるシステム作ったりとかさ、そういう凝り性というのはイギリスの得意技。

領収書は100%OKの男

押井:ジェームズ・ボンドが好きだろうが嫌いだろうが「ロシアより愛をこめて」というのは、歴史的な作品として見る価値があると私は言いたい。出来もいいしね。あれが007のフォーマットを生んだというのはその通り。

 冷戦の産物であり、一種の代理戦争でプロパガンダ。そして男の欲望を満たしてくれる。バイオレンス、女、博打、酒、メシ、ファッションや車も出てくる。言うことないじゃん。アストンマーティンでタキシードで、カジノで博打で、金髪のお姉さんで、銃ぶっ放し放題で、殴る蹴るも当然あって、リンチも拷問もあって。おまけに秘密兵器だもん。男の欲望すべてでしょ。日本の中学生だってしびれるよ。

まさにあの時代の生み出した作品ですね。