押井:彼女が他のボンドガールと何が違うのかは、語るべきテーマだと思ってる。これは「ボンドガールって何?」という話なんだよ。ジェームズ・ボンドと言えばボンドガール。ボンドガールと新兵器のない007は007じゃないわけで、現在の007シリーズでもそれはある程度は守ってるわけだよね。最近は新兵器のほうは怪しくなってきたけど。
ちょっとガジェット感が足りないというか。
押井:小物ばっかりじゃん。「スカイフォール」からは、小道具を開発する係の「Q」がただのハッカーになっちゃった。電子戦専門で小道具係じゃなくなったから、全然つまらなくなった。
Qはとぼけたおっさんだったのが面白かったんだよね。スパイのこととか世界情勢なんかどうでもよくて、おもちゃを作ってることが楽しくてしょうがないおっさん。せっかく作った新兵器を本当はボンドなんかに持たせたくない、だってすぐに壊すから。あれはいいキャラクターだったよね。いかにもイギリスらしい職人。「お前、また壊したのか」とか「そこに触るな!」って。
いい味のキャラでした。
押井:Qがいて「M」がいて、秘書のミス・マネーペニーがいて、それで初めてジェームズ・ボンドだったんだよ。マネーペニーを必ずデートに誘うんだけど、あの二人がデートしてるのを見たことがない。「また今度ね」「どうせその気なんかないくせに」というさ。どう考えてもボンドの好みじゃないから。
そもそもボンドの「女の好み」って、あまり良くないですよね。
押井:ボンドは女の好みに関しては相当悪いよ。美人でグラマーだったら誰でもいいのかって感じ。それは多分に「イギリスの男」っぽさでもある。イギリスの男のジェームズ・ボンドがロシア女にいかれるというのはシチュエーションとしてそそられるんだよ。イギリス自体にそういう歴史があるから。
歴史ですか。
奇麗なバラにはやっぱりトゲがある
押井:かつてイギリスで大スキャンダル(※プロヒューモ事件=1962年英・マクミラン政権の陸相ジョン・プロヒューモが、ソ連のスパイと親交があるモデル兼売春婦に国家機密を漏らした事件)があったんだよね。ロシアの息がかかったおネエちゃんに大臣クラスまでたらしこまれて、自殺者も出た。ハニートラップだよ。だからロシアと言えば女スパイ。女スパイと言えばセックススキャンダル。「ロシアより愛をこめて」でも、ボンドが盗撮されてるけど、あれはあきらかにあの事件を踏襲してるんだよ。
「金髪の女スパイ」にも歴史があるんですね。
押井:今ではハニートラップと言えば、いつの間にか中国が本家になっちゃったけど、かつてはロシアの独壇場だった。そういう「金髪の女スパイ」というのは映画的な記憶の一つだよね。邦画的に言うと女スパイと言えばもれなくチャイナドレス。これは伝統の違いですよ。僕が自分で実写をやるときに真っ先に出したのはチャイナドレスの女スパイ。
「紅い眼鏡」(87)の鷲尾真知子さんですね。
押井:僕の中では、ギャングの情婦と女スパイはもれなくチャイナドレス。子供のときから刷り込まれていたの。「紅い眼鏡」だけじゃなくて「トーキング・ヘッド」(92)でも、小林という演出助手がチャイナドレスで歌ってたでしょ。チャイナドレス大好きだったの。
そういう理由だったんですか。
押井:僕にとっては主人公をたらしこみに来る怪しいお姉さん、「莫連女」というやつだよ。悪い女、悪女、ヴァンプ。僕の場合はチャイナドレスか、濡れ髪の着物の裾からリボルバーという(笑)。ガキの頃から悪い女が大好きだった。マセガキだったんですよ。お姫様とかそっちには全然興味なくて、悪い女にしか興味がなかった。だって色っぽいんだもん。ボンドガールもその系譜に属するから、当然注目してました。そのなかで最強の女スパイがダニエラ・ビアンキ。ボンドガールであると同時に女スパイだから。付加価値が付きまくりなんだよね。
リーチ一発に裏ドラも乗ったみたいな(笑)。
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