ただし、初代横浜駅があったのは今の「桜木町駅」。横浜駅よりちょっと南だ。今と所要時間を比べるなら、そこを起点にすべきかもしれない。桜木町駅から品川駅まで乗り換えなしで行けるのは京浜東北線だ。そこで品川駅までの所要時間を調べると、なんと30分から34分ほどかかる。京浜東北線は停車駅が多いので不利ではあるが、初代鉄道とほぼ同じなのだ。初期の蒸気機関車でもノンストップなら結構速かったのだ。想像するとちょっといとおしくなる。

初代品川駅は今より南にあった

 実をいうと初代品川駅は今の場所にはなかった。400メートルほど南の八ツ山橋の手前にあったのである。

 明治14年(1881年)ごろの地図を見るとよく分かる。

 「駅」ではなく「乗車場」という表現がいい。そういえば、昭和の頃まで鉄道の駅を「停車場」(ていしゃば)と呼ぶことがあった気がするがいつから言わなくなったのだろう。

 地図を見ると、駅のすぐ南で東海道と線路が交わっている。そこが「八ツ山橋」だ。

明治14年(1881年)の品川駅周辺の地図。赤丸部分で鉄道と東海道が交差している。そこから南は八ツ山を切り開いて鉄道が敷設された(迅速測図。日本地図センターによる復刻版)
明治14年(1881年)の品川駅周辺の地図。赤丸部分で鉄道と東海道が交差している。そこから南は八ツ山を切り開いて鉄道が敷設された(迅速測図。日本地図センターによる復刻版)
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 橋より南は江戸時代からの品川宿。宿場で民家が密集しているため、そこを避けるように台地(八ツ山)を掘削し切り通しにして鉄道は通された。東海道とは八ツ山橋で交差し、そこから北はしばらく海上に築堤をして線路を敷いたというのがよく分かる地図だ。そして鉄道駅は横浜側から来たときに、線路が海上に出る手前に造られたのである。

 そして駅名は品川ステーションとなった。品川宿から外れているのに品川駅とか、港区なのに品川駅とかいわれることがあるけれども、この頃の地図を見ると周辺で人家が密集しているのは品川宿だけであり、品川駅以外の名前はありえなかったろう。その上、初代品川駅は今より品川宿に近かったのだ。

 初めての鉄道は非常に珍しかったため、当時の錦絵がいくつも残されている。

「写真名所一覧」(発行年不明)の「品川蒸気車鉄道之図」(国立国会図書館デジタルコレクション)
「写真名所一覧」(発行年不明)の「品川蒸気車鉄道之図」(国立国会図書館デジタルコレクション)
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 この錦絵は「写真名所一覧」の一つ。品川駅(図の左下に少し屋根が見えている)側から機関車と東海道の八ツ山橋を描いたものだ。品川駅を出発した汽車が八ツ山橋をくぐって台地を削って敷いた線路に向かう様子が描かれている。東海道品川宿は機関車の煙で隠れており、「これからは鉄道の時代だ」と言いたげだ。

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