高輪と埋め立て地の分断は解消できるのか

 さて、グローバルゲートウェイ品川が完成したら高輪地区と、埋め立て地の港南地区との東西分断はどうなるのか。

 再開発したのに、東西の分断を放置したままというわけにはいかない。そこで、調べてみたら、合わせて3本の道路と通路が計画されていると分かった。

 現在、東西を結ぶ道路は前回取り上げた「高輪橋架道橋下区道」のみ。新たに造られるのは北から順に「第二東西連絡通路」「新駅東側連絡通路」「環状4号線」だ。これで東西通行はかなり改善しそうだが、厳しい現実もみえてくる。

高輪ゲートウェイ駅周辺の東西連絡道路(通路)計画
高輪ゲートウェイ駅周辺の東西連絡道路(通路)計画
図に「品川新駅(仮称)」とあるのが高輪ゲートウェイ駅。泉岳寺駅北側あたりから東西に延びている緑の線が「第二東西連絡通路」、高輪ゲートウェイ駅の南端から東に延びている青い線が「新駅東側連絡通路」、右端の青い長い線が環状4号線の延伸部だ。「UR PRESS vol.51」より
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 世間的にその行く末が注目されているのは「提灯(ちょうちん)殺しのガード」こと高輪架道橋下区道だろう。ここはどうなるのだろう。結論からいうとこの区道に隣接して「第二東西連絡通路」が造られるのだ。片側1車線の車道と、車道と分離された専用歩道からなる。

 これで高輪橋架道橋下区道もお役御免かと思いきや、そうでもない。いきなり区道を全面封鎖すると、車はまだしも歩行者にとっては致命的。区道がなくなると、直線距離にして約1.6キロメートルほどある品川駅から札の辻の間に、歩行者が東西を行き来する道が無くなる。そこで、工事に伴い20年4月12日に車道を閉鎖するものの、歩道は使えるようにする。ただし、第二東西連絡通路が完全開通するのはなんと11年後の31年なのだ。

 高輪橋架道橋下区道を車で利用していた人やタクシーにとっては天を仰ぎたくなる長期間だ。なんでそんなに時間がかかるのか。上に線路が走っているため、列車が走っていない夜間の数時間しか工事できないことが一つ。そして土地の制約で新旧の道路が一部重なる部分があるのも大きな理由だ。

 新旧道路が重なる区間は、まず、既存のトンネルの半分(北側)を壊して新トンネルの半分を造り、その工事が完成したら、今度は残り半分(南側)を取り壊して工事を進めるといった具合。建設工事中、歩行者は工事していない片方の側を使って通行する。そしてその完成を見たとき、高輪橋架道橋下の区道はようやくその役目を終えるのだ。何度も言うが、それまで11年かかるのだ。

 東西をつなぐもう1本の道路は高輪ゲートウェイ駅のすぐ南側に造られる。歩行者専用の「新駅東側連絡通路」だ。完成すれば、線路の東側にある港区立芝浦中央公園あたりから線路を超えて、高輪ゲートウェイ駅にアクセスできるらしい。こちらの完成年は24年。グローバルゲートウェイ品川の第I期の完成に合わせる予定だ。

奥に見えるのが高輪ゲートウェイ駅。その手前、品川寄りに見える空中デッキが、東西を結ぶ新駅東側連絡通路の一部だ。駅前へのアプローチ道路をまたいでいる。連絡通路はこの画像の右側(東側)にあるJRの線路をまたぎ、芝浦中央公園方面につながる。通路の左側(西側)は駅前にできる4街区につながる
奥に見えるのが高輪ゲートウェイ駅。その手前、品川寄りに見える空中デッキが、東西を結ぶ新駅東側連絡通路の一部だ。駅前へのアプローチ道路をまたいでいる。連絡通路はこの画像の右側(東側)にあるJRの線路をまたぎ、芝浦中央公園方面につながる。通路の左側(西側)は駅前にできる4街区につながる
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海側(東側)から見た高輪ゲートウェイ駅(白い横長の建物)とグローバルゲートウェイ品川4街区(奥のビル群)。駅の左に見える通路が、駅の東側と駅をつなぐ新駅東側連絡通路(提供:JR東日本)
海側(東側)から見た高輪ゲートウェイ駅(白い横長の建物)とグローバルゲートウェイ品川4街区(奥のビル群)。駅の左に見える通路が、駅の東側と駅をつなぐ新駅東側連絡通路(提供:JR東日本)
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 そして残る一つが環状4号線の港南~高輪間区間の延伸部分だ。昨年、事業着手したが、全区間開通の時期はなんと32年度だ。ただ、さすがに高輪の東西連絡部分は先行して27年ごろには一部開通するらしい。

 これで江戸時代の陸地と近代の埋め立て地(港南地区)との分断がようやく解消に向かうことにはなる(十分とはいえないかもしれないが)。

 ただ、分断された土地を結ぶ3本の道路は、4年後、7年後、11年後でないと完成しないのも事実。それまでは、あの高輪橋架道橋下の歩行者通路が細々と役割を果たし続けることになるのだ。日本屈指の再開発プロジェクトといえも、限界があるということか。歴史のくびきから逃れるのはなかなか大変なのだなぁと思う。

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