一生褒めてもらえることなんてないと思っていた

 実は岡さんと実際にお会いしたのは3度しかありません。
 おこがましいのは重々承知の上で、この場をお借りしてお礼を言わせていただくことをお許し下さい。

 岡さんには、2008年のJ R九州のCMでお世話になりました。
 当時の僕は、作ったものが少しだけ話題になり始めた頃でした。

 岡さんはすでに超有名人、スターでした。
 生み出すものはすべて知性的かつぶっ飛んでいて、正直言って広告業界で一番の憧れでした。
 そんな人からディレクターとしてのご指名を受けて興奮していたし、とても緊張もしていました。

 「岡さんに一発で認められたい」
 そう張り切って作ったCMは、岡さんからあっさりダメ出しされました。
 僕はすっかり落ち込んでしまいました。

 その後、喫茶店で(岡さんは酒が飲めないし、すぐに帰京するということで)お茶しながら話しました。憧れの岡さんはとても気さくで、映画の話も家族の話も下ネタも全て面白くて楽しい時間だったのですが、僕は勝手にショックを引きずっていて、なんだか上手く話せませんでした。

 それから数年後、たまたま東京でバッタリお会いしました。
 最初の出会いがそんな感じだったので一瞬躊躇しましたが、思い切って声をかけると、

 「売れてきてるみたいだけど、あんまりこっちにいないほうがいいよ。他の人と同じように東京に出るのではなく、地に足をつけておけよ」

 というふうなことを言われました(後にご本人は「適当に言った」とおっしゃってますが)。
 それはまさに僕がその当時迷っていたことへの明快な答えでした。

 それからずっとお会いすることはありませんでした。
 僕は、岡さんのアドバイスもあり、あえて福岡に住み続けながら東京の仕事をやるスタイルがむしろ面白がられ、仕事のペースを上げていきました。

 そして2年前のある日、突然岡さんからのメールが届きました。

 「ガチ星観ました。よかった、面白かった。いい映画、ありがとうございました」

 という短い文章。
 飛び上がるほど嬉しかった。
 それは、僕の初めての映画「ガチ星」への感想でした。

 映画処女作で評価も分かれ、かなり自信が揺らいでいたところに岡さんからのこのメール。
 しかもよく考えたら岡さんから直接メールを頂いたのは初めてだったのです。

 あの岡さんが、わざわざ僕の映画を観てくれた。
 面白かったって伝えるためにわざわざメールしてくれた。
 一生褒めてもらえることなんてないと思っていた岡さんから面白いって言ってもらえた。

 僕とこの映画にとって、これだけで十分満足でした。

 そして先日、岡さんの突然の訃報を聞きました。
 奇しくもそれは、かつてドラマ(※)で岡さんの役を演じた堤真一さんと映画の撮影をしている最中でした。
 なんだかそばに岡さんがいて、やっぱり見られているんじゃないかという気分になります。

 いや、むしろそうであって欲しい。

 今の自分は岡さんに褒められるようなものを作っているだろうか。
 今も心のどこかで岡さんに褒められたい、認められたいと思っているし、これから先もずっとそうだと思います。

 岡さん、ありがとうございました。
 少しゆっくりして下さい。
 そしてこれからもよろしくお願いします。

(文:江口カン)

(※2002年フジテレビ「恋のチカラ」。また、NHK BSプレミアム「私は父が嫌いです」は岡さんの小説『夏の果て』が原作でした)

左から小田嶋さん、清野さん、岡さん(写真:柳瀬 博一)
左から小田嶋さん、清野さん、岡さん(写真:柳瀬 博一)

 次は岡さんの弟、岡 敦さんです。敦さんには日経ビジネスオンラインで「生きるための古典 〜No classics, No life!」を連載していただき、集英社新書から『強く生きるために読む古典 』として刊行されました(2020年8月5日現在「もう一度読みたい」で、連載の一部がお読みいただけます)。敦さんがイラストを描いた兄弟合作の『広告と超私的スポーツ噺』(玄光社刊、2020年4月)が、岡さんの最後の本となりました。

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