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■軽~く処さないと、やっていられない

何でしょう?

:「なるほど、あのぐらい軽く処さないと、やっていけないな」というスタンスでした。

確かに今回、小田嶋さんは他人に対するように、自分に対して客観的でしたね。

:自分の死に対する恐れは軽く処理する。そのぐらいがちょうどいいな、と。

人生2割がちょうどよく、さらに死は軽く処すのがちょうどいい、と。

:そう、軽ーく、ね。だって、重く行ったらどうしようもない。そっちを突き詰めると、最終的に、だったら自分で死のうか、というところに行ってしまう。

小田嶋:実際、60歳になるともう、共通の知り合いがそれで何人か死んでいるし。

:だから、俺は逆に考えよう、と。

小田嶋:そのあたりは、無意識に刷り込んじゃった方がいいよね。

:その意味で、小田嶋が入院してくれたおかげで、いいことを知ったぞ、という思いがあった。親が死んだ時は、当然よく分からなかったけれど、同世代なら――特に小田嶋なら考えていることは、おおよそ分かるでしょう。

小田嶋:まあ、こういう機会がないと、処し方なんて分からないね。

編集Y:ここで編集者として一言コメントを差し挟ませていただくと、お見舞いにうかがって、何を話していいのやらどぎまぎする私に小田嶋さんは「病状によっては、まとまった時間が手に入るわけだから、仮によろしくない事態になっても、その過程できちんと1冊分を書く時間ができるね」と、おっしゃいました。私はそのプロフェッショナルな言葉にいたく感動しました。

じゃあ、小田嶋さんのサバイバー日記は、日経BPさんということで、よろしくね。

編集Y:光栄です。

小田嶋:いや、そんな軽く処理されても困るんですけど。

:まあ小田嶋は、ここで笑って会話ができるぐらい客観的だった、ということです。

「日経ビジネス電子版」の週刊連載もほとんど落とさずに続けられました。

編集Y:はい、クオリティーもまったくいつも通りに。ありがとうございます。

小田嶋:入院中に執筆環境が整うというのは、前に竹橋で足を折って、12週間入院した時に実感していたことですよ。今回はPET検査、エコー、MRI、CT、内視鏡って、検査のオンパレードで多忙だったわけですけど、文章でも書いていないと気持ちが紛れなくて、だからちょうどよかった。

コラムニストになるべくして生まれてきた「ナチュラル・ボーン・コラムニスト・オダジマ」ですね。

(次回に続きます)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!
『人生の諸問題 五十路越え』

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を越えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

 眠れない夜に。
 めんどうな本を読みたくない時に。
 なんとなく人寂しさを感じた時に。

 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。