十何年か前、JALのファーストクラスだか、ビジネスクラスだかで座席がリクライニングしなかったといって、岡さんは超怒ってらっしゃいましたよね。

:それは怒るでしょう!! そのクラスで席がリクライニングしなかったら、俺、何のために高い料金を払っているんだ、って。

今だったら、怒らないですか。

:いや、いや、エコノミーだって怒るでしょう。でも、その前にエコノミークラス症候群になっちゃうかもしれないけど(笑)。

小田嶋:俺は先日、ツイッター上に流れてきたヘンな広告のポスターを見て、怒ったわけではなくて、思わずリアクションを流しちゃったんだけど。その広告というのが、たぶん20年前だったらあり得ない話で、アフロヘアの黒人モデルの横に付いているコピーが「さらっさらのつやつやになりたい」とか何とかいう文言。これ、見るからに人種差別だろうよ、と。

:いや、その表現はあり得ない。通常はチェックを通らないですよ。というか、チェックの前の企画出しの段階で、ハネられますよ。

小田嶋:そのツイートは、そういうポスターが美容室とかに貼ってあるということだったんだよ。こんなのが通っちゃうんだ、と驚いてさ。

:通らない、通らない。ただ、BtoBだとそういうチェックがないのかな。

小田嶋:たぶん、そういう事情があるのだろうけど。それで、俺が大ざっぱな感想として抱いたのは、この20年ぐらいで、広告制作という仕事が、あこがれの仕事でなくなってしまった、ということではないだろうか、と。

:残念ながら、それはあるかもしれないね。

小田嶋:今の若い人たちは、広告をただ商品を売るための道具だと思っているのかもしれないけど、20世紀後半、広告が一番輝いていたころは、そこに才能のある人が集まって、すてきな広告が世の中に打ち出されていたんだよ、ということは歴史的事実として、言い残しておきたいと思ったんだよね。

この話題は、「人生の諸問題」対談が始まった2007年から、折にふれて、ずっと話題にされてきたことでもあります。

:ゼロ年代にインターネットが定着したころから、広告表現の衰退は目に見えていたんだけど、特にこの5年間は、それがまた最悪なんです。

ということは、SNSの流行と、もろ同時進行ですね。

小田嶋:テレビの昼間の時間帯の広告の安っぽさは、ゼロ年代からすごかったけれど、今はさらにすごいことになっているよね。俺が今、一番気持ち悪いのは、ほうれい線(を消す商品)の広告。ネットのニュース広告まわりで、しょっちゅう出てくるんだよ。

:気持ち悪いね。

小田嶋:ツイッターのタイムラインとか、ヤフーのニュースにプッシュされてくるけど、ひどい。醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっているでしょう。

:そうなんだよ。

小田嶋:あとは、入れ歯だとか、何かそんなのばっかりだよね。盛り上がらないの、なんのって。かつて広告がビューティフルな人たちや、何らかの美を最大限に見せる場だった、ということが、完全になくなっている。

コンプレックス広告が前面に出るようになって、表現がまったく反転しましたね。

小田嶋:肥満だったり、老化だったり、しわだったり、何かそんな暗い、げっそりするイメージのものばかりになっている。

:どうしちゃったの、これ、ね。

どうしてなのか、広告制作のプロである岡さんに教えてもらいましょう。

:まず制作費の問題がありますよね。ネットメディアは媒体費が安い。で、それがオールドメディア(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の10分の1だとしたら、制作費も10分の1になるんですよ。そして、10分の1でもやりますよ、という人たちが引き受けることになる。そうなると、腕の立つカメラマンや照明マンは、当然のことながら使えません。企画を立案する人だって、プロフェッショナルは10分の1では引き受けない。

 万が一の確率で、センスがよくて、やる気のある企画者が現れて、ほうれい線をあからさまに出さなくても、なるほど、ほうれい線のことをいっているのね、みたいなアイデアを持っていたとしたって、カメラと照明がだめだったら、結局、いい映像にはならない。そうなったら、ビューティフルをテーマにすることは、絶対できないですね。

小田嶋:これが1980年代、90年代だったら、どうでもいい商品に結構金のかかった広告が作られていたじゃない? それを思い出して、あ、あのころは俺たち、豊かだったんだな、と。

:本当にそうですよ。そのころ、三菱鉛筆の消しゴムのおまけに、たこ焼きスタンプ消しゴムというのがあったんだけど、その広告を3000万円かけて作りましたよ(笑)。

小田嶋:90年代の香りがするね。