テレビ東京アナウンサー・西野志海と日経ビジネス編集委員・山川龍雄が、世間を騒がせている時事問題をゲストに直撃する動画シリーズ。第21回のテーマは、75歳以上医療費2割負担へ「今の若者は何割になる?」。政府は団塊の世代が75歳以上に到達する2022年度までに医療費の自己負担引き上げを実施する意向だ。増田寛也・元総務大臣は「健康保険組合の解散が相次いでおり、医療の2022年問題は深刻」と警告。75歳以上医療費のおよそ9割を税金や現役世代の社会保険料収入で賄う現状では「世代間の公平を維持できない」と強調する。もともと高齢者の医療費負担は1973年までは5割だった。再び5割負担を余儀なくされないためにも「今のうちに制度設計を見直す必要がある」と説く。
西野志海(日経プラス10サタデー・キャスター、以下、西野):このコンテンツは、BSテレ東で毎週土曜日朝9時から放送している「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」の中でお伝えし切れなかったことを、改めてインターネットの記事や動画でお届けしようというものです。
今回のテーマは「後期高齢者 医療費負担2割に引き上げでどうなる?」。
山川龍雄(日経プラス10サタデー・メインキャスター、以下、山川):現在75歳以上の医療費負担は原則1割ですが、政府はこれを2割に見直す方針です。12月中に「全世代型社会保障検討会議」がまとめる中間報告でどこまで踏み込むかが焦点となっています。
年金生活者にとっては、家計を直撃するテーマですから、関心が高い。それに高齢者の医療費は現役世代が支える構造になっていますから、全世代に関わる話でもあります。
西野:自分たちもいつか75歳になるわけですしね。
ゲストは全世代型社会保障検討会議の民間メンバーである元総務大臣の増田寛也・東京大学公共政策大学院客員教授です。よろしくお願いします。
増田寛也氏(元総務大臣、以下、増田氏):よろしくお願いします。
増田寛也(ますだ・ひろや)
1951年東京都生まれ。東京大学卒業後、建設省入省。1995年岩手県知事に当選し、3期務める。2007年総務大臣、内閣府特命担当大臣。退任後、東京大学公共政策大学院客員教授、野村総合研究所顧問。2019年9月から政府の全世代型社会保障検討会議の民間有識者メンバー。著書に『地方消滅 創成戦略篇』(中央公論新社)『東京消滅―介護破綻と地方移住』(中央公論新社)など。
西野:では、最初の疑問です。
3年後 医療の危機が やってくる?
医療費の「2022年問題」と呼ばれているそうですが、これはどの程度深刻なのでしょうか?
増田氏:年齢が75歳以上の人たちを一般に後期高齢者と呼びます。後期高齢者になると医療費が膨らむのですが、その人数が上の図に示した通り、2022年から一挙に増えるのです。
西野:いわゆる「団塊の世代」が75歳に入ってくる?
増田氏:そうです。団塊の世代は一般的に1947年から49年に生まれた方々を指しますので、2025年になると全員が後期高齢者になります。このままでは保険制度がパンクしかねません。だから今のうちに何らかの手を打つ必要がある。
山川:医療費の推移を見てみましょう。ずっと右肩上がりで増えていて、現在は約43兆円。そのうち後期高齢者にかかる費用が約16兆円で、全体の37%を占めています。
増田氏:この37%が今後大きくなる。全体の金額も増えますが、その中で75歳以上が占める割合がさらに大きくなるのです。
山川:こちらのグラフは世代別に1人当たりの年間の医療費がどれだけかかっており、それをどれだけ負担しているかを示したものです。
増田氏:これを見ると、点線よりも右側、60歳以上の世代は、自分が払っている窓口負担や社会保険料よりも、かかる医療費の方が大きい。20歳から60歳までの現役世代はその逆です。つまり、現役世代の保険料で高齢者の医療費を支える構造になっているわけですね。
山川:西野さんはどこに入るかというと……。
西野:25歳以上のところです。
山川:ほら、圧倒的に緑色の方が青色よりも大きいでしょう。つまりそんなに病院には行かないけれど、社会保険料などを天引きされている。
西野:そうです。保険料が高いんです!
増田氏:このように現役世代は保険料を医療費以上に支払っている。高齢者を支えるために全体でこういう形になっているわけですね。
山川:ある程度は仕方がないと思いますが、その負担がこの先、限界を超えるのではないかといわれているわけですね。
さらに次の図は、先ほど出てきた後期高齢者の医療費16.8兆円の財源を示したものです。
山川:16.8兆円のうち、後期高齢者自身が病院窓口などで負担している分が、1.3兆円。
増田氏:後期高齢者は原則1割負担ですから、どうしても少なくなってしまう。
山川:残りの15兆円以上はというと、75歳以上の方々にも社会保険制度がありますから、その保険料で賄っている部分が、1.2兆円。
増田氏:そうですね。約1割。これも、あまり大きい額ではありません。残りは現役世代が支えている構造です。
世代間格差をならす
山川:この通り公費、つまり税金で埋めているのが7.3兆円で全体のおよそ5割。現役世代が納めている社会保険料からの仕送り部分が6.4兆円でおよそ4割を占めますね。
西野さんも私も負担している社会保険料は、自分自身の蓄えのように勘違いしている人もいますが、実際には高齢者への「仕送り」にも使われている。もちろん、ある程度は仕方ないかもしれませんが、さすがに度を超えると、支え切れなくなってしまう。
増田氏:現役世代の人数が維持できれば、今の制度がギリギリ持つかもしれません。しかし、出生数は年々減っていて、2018年には約92万人と過去最少を更新しました。そして今年は90万人を切って88万人くらいになると予想されています。
これに対して、団塊の世代はピーク時には年間270万人くらい生まれていました。これではとても支え切れません。このままだと、さらに若い人たちに保険料を納めてもらって、制度全体を支える必要がある。
山川:景気拡大が戦後最長と言っているけれど、その割には庶民にその実感が湧かない。その1つの理由は社会保険料が知らないうちにじわじわと増えていて、手取りが伸びていないことも一因とされています。
増田氏:それではあまりにも世代間格差が大きいということで、高齢者の負担を少し重くしていこうという検討に入ったわけです。
西野:最近、消費税を8%から10%に引き上げたばかりで、しかも増税分を社会保障に充てると言っていたはずですが……。
増田氏:消費税で賄うのは、年金・医療のほか、介護、子育て、生活保護支援など。2%引き上げても、それがすべて医療に回るわけではありません。
西野:全然足りないということですね。
山川:2022年問題が「待ったなし」といわれるもう1つの理由は、保険組合の赤字が相次いでいることです。大企業の社員を中心とした健康保険組合、中小企業の社員などが入る全国健康保険協会など、みんな苦しい。健保などの仕組みは、社員と会社が負担を折半していますから、会社も大変です。その結果、健保を解散する動きも顕著になっていますね。
増田氏:最近、解散して、従業員は国民健康保険などで対応してください、という動きも出ています。そうなると、ますます全体が苦しくなる。
西野:お聞きしていると、後期高齢者の負担割合を2割に引き上げたところで、私たちの負担が減るわけではなさそうですね。
増田氏:正直、減らすのは難しい。ただ、例えば子育て支援ということで、保育料の無償化が始まりました。若い世代に対する支援も充実させようという動きはあります。いずれにせよ、高齢者にもう少し負担をお願いしないと、全体が回りません。
西野:そこで2つ目の疑問です。
団塊は 段階踏んで 負担増?
山川:今後、後期高齢者の負担がどうなっていくのか、もう少し詳しく見ていきましょう。現在、後期高齢者でも年収が370万円を超える人は3割負担。それ以外の人が原則、1割負担になっています。これを2割に引き上げようというわけですね。
増田氏:そうです。ただし、所得が低い層は現状のまま1割に据え置くことになると思います。
山川:低所得者というのは、どれくらいの基準になりそうですか?
増田氏:住民税を支払っていない人が対象になると思います。収入でいうと、世帯構成などにもよりますが、150万円以下くらい。
山川:そうすると、仕事をしている人に加え、大企業勤めで3階建ての年金(国民年金+厚生年金+企業年金)をもらっている人の多くは、2割負担になりそうですね。
増田氏:もちろん検討中で、まだ詳細が決まったわけではありませんが、そういう方向になるでしょう。
西野:年収が370万円以上ある人は、現行の3割のままということですか。
増田氏:そうです。ただ、後期高齢者で年収が370万円以上ある人はそれほど多くありません。
山川:気になるのは、導入方法です。(1)75歳以上全員を一度に2割にする、(2)導入後に75歳に達した人から徐々に広げる――の2案が浮上しているようですが。
増田氏:既に1割負担に慣れている人を2割にするのは抵抗感が強い。一方で現在70~74歳の人は2割を負担していますから、75歳になってもそのまま。この方が抵抗感は小さいでしょう。私は(2)の案でいいのではないかと思っています。
山川:そうなると、現在、何歳の人から、その制度改革の対象になりますか。
明暗分かれる1年違い
増田氏:団塊の世代の最初の人は現在、72歳くらいですから、その人たちが75歳になる頃に制度が変わるというイメージです。
山川:しかし、この導入方法も、理不尽さは残りますね。現在、72歳の人はずっと2割負担なのに、1歳上の73歳だったら1割負担に変わる。言い換えれば、ギリギリセーフの逃げ切り世代ということになる。生涯の負担で考えたら、ものすごく違ってきます。
増田氏:制度設計をする際には、どうしても生まれた年で区切るのが一番分かりやすい。学校に進学するにしても、義務教育は何歳からとか、年齢で切りますから。
山川:小学校の頃、3年生になると、2年生まで教室にストーブが入り、5年生になると、4年生まで入り、卒業すると全教室に入ったことを思い出しました(笑)。
結局、医療費の2022年問題というのは、団塊の世代が75歳に到達することに端を発していますから、本人たちに負担増を受け入れてもらおうということでしょうか。
増田氏:そういうことになります。
西野:では、最後の疑問です。
若者は 将来何割 負担する?
山川:これですよね。西野さんが一番知りたいのは(笑)。
西野:はい。ここから本腰を入れて、聞こうと(笑)。
増田氏:現役世代に申し上げておきたいのは、実はこのグラフを見ていただければ分かる通り、かつて高齢者の負担は5割だった時代があるのです。病気は自己負担で治そうということで、保険制度で賄っていたのは半分でした。
しかし、1973年の田中角栄内閣のときにいきなり無料にしたのです。
山川:大盤振る舞いですね。当時、無料にせず、引き下げるにしても、せめて3割程度にしておけば、今、こんなに苦労することはなかったのでは。
ただ、当時は高齢者が少なく、現役世代が多かった時代ですから、将来的にこれほど問題になるとは予想できなかったのでしょうね。
増田氏:私に言わせれば、人口動態ほど、将来の予想がしやすいものはないんですけれどね。
その後、さすがに無料はないだろうということで、負担割合を徐々に引き上げたのですが、それでも一度、下げた負担を引き上げるのは政治的に難しく、今に至りました。
若い人たちは、負担が大きいと感じているはずですが、昔の人たちが5割負担だったという事実はあるわけです。
5割負担の時代が再び来る!?
山川:増田さんが言いたいのは、西野さんが高齢者になる頃には5割負担になると……。
増田氏:それくらいのことを覚悟しつつ、3~4割でとどめる努力をするしかありません。だからこそ、今のうちから世代間格差をならす必要があるのです。
それから医療にそんなにおカネがかからないように、予防医療や、データに基づく薬剤費の抑制など、トータルで対策をとっていく必要があります。
山川:西野さん、5割負担って大変ですよ。現在、1割負担の高齢者でも、年金だけではカツカツの生活だと言っているわけですから。
西野:……。
増田氏:若い人たちは病気にかかることが少ないので、実感が湧かないでしょう。しかし年齢を追うごとに、病院にお世話になる回数は増えます。その際、5割負担というのは大変なことだと思う。
山川:そうすると、現在の70~74歳は2割負担ですが、現役世代が70歳になったときに、3割から2割に下がることも期待できませんね。少なくとも3割のままになることは覚悟した方がよさそうです。
増田氏:それぞれの世代が、今の負担をそのまま続けるというのは、制度としては、いい姿かもしれません。
西野:新聞記事を振り返ると、75歳以上の負担を2割に引き上げる話は、ずっと前から議論されていたようですね。
増田氏:私が総務大臣だった2007~08年当時もその話はありました。当時は負担増のことを「痛み」と表現していました。
私はこれを痛みと言うのはいかがなものかと思います。世代間で見れば「もらい過ぎ」であって、2割に引き上げるのは「節約」だと思うのですが。
山川:確かに表現としては、違和感がありますね。ここまでの説明で分かる通り、現役世代から見れば、それでも恵まれているわけですから。
気になるのは、このところ国政選挙が毎年のように行われていて、そのたびに、投票率の高いシニアの負担が増えるような政策は、立ち消えになってしまうことです。
そう考えた場合、団塊の世代こそ一番、人数が多く、政治家にとってみれば、票田となっているわけですから、今回、本当に2割負担を実現できるかどうか……。
「シルバー民主主義」をどう克服する?
増田氏:シルバー民主主義といわれる問題ですね。
しかし本来、この問題は、政争の具として扱うべきテーマではありません。医療費負担で一番痛みを被るのは、まだ生まれていない世代かもしれません。政治家はそこまで視野に入れて、世代間の公平性を図るべきだと思います。
山川:それともう1つ気になるのは、医療費負担をもっぱら年収で区切って決めようとしていることです。
現在の高齢者の生活水準は、本当に年収だけで決まっているのでしょうか。むしろフローよりもストック。つまり土地や金融資産の有無で決まっているような気がしてなりません。少なくとも私の周囲ではそう見えます。むしろ蓄えが乏しいから、お年寄りになっても頑張って働いている人がたくさんいます。
にもかかわらず、資産は捕捉しづらいので、収入で負担割合を決めます。医療費に限った話ではないですが、税にしても社会保険にしても、あらゆる負担をフローの多寡で決めるのは、制度上欠陥がありませんか。
増田氏:そうですね。特に金融資産については、もっと捕捉して「応能負担」のような形で、豊富に資産をお持ちの方には多く払ってもらうべきだと思います。
ただ、金融資産をどうやって把握するのか、ここはなかなか難しい。捕捉の仕方に濃淡があると、かえって逆差別にもなりますから。
西野:マイナンバーでうまく捕捉できないのでしょうか。
増田氏:それをやるべきでしょうね。そうすると公平が進む。
山川:ここがまた抵抗が強い。資産を持っている人ほど抵抗するから(笑)。
増田氏:方向性はある程度、みなさん共有できているのですが、現実には総論賛成で、各論になると反対の声が出てしまう。
西野:話を聞いていると暗い気持ちになるのですが、もっとみんなで経済成長しようとか、そちらの方向で議論すればいいのでは。
増田氏:確かに経済を成長させることで痛みを和らげるのは大事なことですが……。
あえて言わせていただければ、それによって甘い前提になるのは困ります(笑)。「これだけ経済成長して、税収も増えるから、大丈夫だ」と。
西野:どこかで聞いたような話ですね(笑)。
増田氏:経済成長予測は、そういう形で使われることがありますから(笑)。私は甘い前提に基づいた不確実な経済成長よりも、高齢者がこれだけ増えるという確実な予測に基づいて対策を打った方が賢明だと思いますよ。
西野:そうですか。分かりました(笑)。増田さん、どうもありがとうございました。
(注:この記事の一部は、BSテレ東「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」の番組放送中のコメントなどを入れて、加筆修正しています)
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