テレビ東京アナウンサー・西野志海と日経ビジネス編集委員・山川龍雄が、世間を騒がせている時事問題をゲストに直撃する動画シリーズ。第19回のテーマは、米大統領選まで1年「トランプ氏が再選したら、世界はどうなる?」。渡辺靖・慶応義塾大学教授は弾劾裁判の影響は限定的で「トランプ大統領が再選する確率は5割」と見る。民主党候補はいずれも一長一短があり、支持率下位の候補が急浮上する展開もあり得ると予想する。仮にトランプ氏が再選した場合、「議会とねじれが生じて内政で行き詰まり、外交にレガシーを求める可能性が高い」。韓国を含む、海外からの米軍撤退・縮小が現実味を帯びてくると指摘する。
西野志海(日経プラス10サタデー・キャスター、以下、西野):このコンテンツは、毎週土曜日朝9時から放送しているBSテレ東の「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」の中でお伝えし切れなかったことを、改めてインターネットの記事や動画でお届けしようというものです。
今回のテーマは「選挙まで1年 次のアメリカの大統領は誰か?」。
アメリカの大統領選挙まで1年を切りました。今回は次が誰になるのか、専門家に予想していただきます。
山川龍雄(日経プラス10サタデー・メインキャスター、以下、山川):ウクライナ疑惑が浮上して、弾劾の話も気になりますね。
西野:ゲストは慶応義塾大学教授の渡辺靖さんです。どうぞよろしくお願いします。
渡辺靖氏(慶応義塾大学教授、以下渡辺氏):よろしくお願いします。
渡辺靖(わたなべ・やすし)
1990年上智大学外国語学部卒業、1997年ハーバード大学大学院博士号取得、2005年慶応義塾大学SFC教授、ケンブリッジ大学フェロー、ウィルソンセンター・ジャパン・スカラー、パリ政治学院客員教授。専攻はアメリカ研究、文化人類学、文化政策論。著書に『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義』(中央公論新社)、『<文化>を捉え直す カルチュラル・セキュリティの発想』(岩波書店)など。
西野:最初の疑問はこちらです。
ウクライナ 疑惑解明 誰が得?
11月13日からウクライナ疑惑を巡る公聴会が続いていますが、現時点ではトランプ大統領の不正を裏付けるような決定的な証言は出ていません(11月16日時点)。トランプ氏とゼレンスキー・ウクライナ大統領の電話会談の録音記録などが出たわけではありませんね。
山川:公聴会で明らかになったのは、ウクライナ疑惑には正規の外交ルートとは別に、裏ルートが存在したことです。この裏のメンバーがゼレンスキー氏に、ウクライナに対する軍事支援の見返りに、民主党の有力な大統領候補であるジョー・バイデン氏の疑惑解明を迫ったのではないかという疑惑が浮上しています。
一番の焦点は、トランプ氏本人が、直接指示を出していたかどうかですが、今のところ伝聞形式の証言が多く、決定打に欠けていますね。
渡辺氏:そうですね。それに仮にトランプ氏がゼレンスキー氏に直接要求していたとしても、まだ説明はつきます。「アメリカは腐敗している政権を軍事支援できない。だからバイデン氏の疑惑を調査しなければならなかった」と言えばいいわけですから。つまり選挙目当てではないと主張すればよいわけです。もちろん直接の指揮をとっていたとなると、批判は強まるかもしれませんが、説明の仕方は残されています。
山川:なるほど、トランプ氏本人が関与した証拠が出てきたとしても、弁明の方法はあると。
渡辺氏:過去の大統領も、外交と選挙活動を明確に切り分けてきたかといえば、疑わしいところがあります。どの政権も多少なりとも、自分の支持率を意識しながら、外交を展開しているわけですから。この先はむしろ疑惑を追及している民主党への風当たりが強まるかもしれません。
山川:これまでの弾劾裁判を振り返っても、野党が有利になるとは限りませんね。
渡辺氏:そうです。ビル・クリントン元大統領の不倫スキャンダルのときは、弾劾裁判に持ち込んだ共和党がその後支持を失いました。だから今回も、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、弾劾に持ち込むことに、最後まで及び腰でした。
弾劾で他の政策審議が滞れば、批判にさらされます。かえって共和党を団結させるかもしれません。ベテランのペロシ氏はそうしたリスクが分かっていたので、最後まで慎重でした。ただその一方で、民主党が何もしなければ、それも世論の批判の対象となります。最後は民主党内部からも突き上げがあって、重い腰を上げたのが実情です。
ウクライナ疑惑は両刃の剣?
山川:気になるのは、さっきの川柳のように、与野党どちらが得なのかという点です。そもそも今回の件で、民主党がトランプ氏を罷免するのはかなりハードルが高い。
渡辺氏:そうですね。下院は民主党が過半数を押さえていますから、訴追まではいくかもしれません。しかし、弾劾裁判を行うのは上院です。その上院では3分の2の賛成が必要ですが、現在は共和党が上院の過半数を押さえていますから、かなりの離反者が出ない限り、罷免には至りません。今のところはマーケットも含めて、弾劾にはならないだろうと、静観している状況です。
山川:それに疑惑の追及を続けると、民主党の有力候補であるバイデン氏にも傷が付きます。
もともとウクライナ疑惑というのは、バイデン氏の次男であるハンター氏がウクライナのエネルギー会社の役員をして高額の報酬を得ていたことに端を発しています。その会社の汚職を追及していた検事総長が突然解任されました。
そのときのことを、バイデン氏が副大統領退任後の2018年1月に悪びれもせずに、こう語っています。「ポロシェンコ前ウクライナ大統領に対して言ってやったんだ。検事総長をクビにしなければ、君らは10億ドルを手にすることはできないよとね。そしたらあいつ(検事総長)はクビになったんだ」と。
これって、アメリカによる支援を見返りに、相手国を脅すという意味で、トランプ氏の疑惑と同じですよね。しかも、本人が後になって打ち明けているわけですから、もっと露骨です。仮にバイデン氏が大統領になったら、すぐさまこの発言が問題になると思うのですが。
渡辺氏:バイデン氏はバイデン氏で、弁明は成り立ちます。「ポロシェンコ政権は腐敗がすごい。だからアメリカだけでなく、欧州も圧力をかけていた。私の脅しもその一環で、息子とは関係ない」という立場をとればいいわけです。
とはいえ、「ハンター氏は怪しい。親として手心を加えたのではないか」と疑われれば、やはり傷は付きます。特にハンター氏は中国でも投資ファンドを立ち上げていて、中国政府から見返りを受けていたという疑惑が浮上しています。追及が続けば、バイデン氏への風当たりがさらに強まる可能性はあるでしょう。
西野:民主党としては、バイデン氏の問題はあったとしても、トランプ氏にダメージを与えればよいのでしょうか。ただ、トランプ氏はもともと“聖人君子”ではないと思われているので、それほど影響を受けないような気もするのですが。
渡辺氏:おっしゃる通り、トランプ氏は期待値がもともと低い人ですよね(笑)。普通の大統領だったらまずいけれど、トランプ氏だと、影響が分かりづらい。
山川:期待値が低い人って得ですね(笑)。
西野:弾劾の状況も踏まえて、大統領選の行方を占っていただきましょう。次の川柳です。
アメリカの 次のリーダー 誰になる?
渡辺氏:予想できればいいのですが、なかなか難しいですね。おそらく共和党は、トランプ大統領で決まりでしょう。よほどのことがない限り、副大統領候補もマイク・ペンス氏のままだと思います。
山川:ズバリ言って、トランプ氏再選の確率は。
渡辺氏:五分五分でしょう。トランプ氏は良くも悪くも公約は実現していますから。
問題は民主党の候補が誰になるかです。まず中道派と左派系の候補に分かれます。
大統領選というのは実は8割くらいの州ではもう決着がついていて、カギを握るのは10くらいの接戦州です。そこで強い候補かどうかが問われます。左派の候補は民主党内では勝てるかもしれませんが、本戦で弱い。そこで中道派のバイデン氏がこれまでは本命視されてきました。
西野:左派と中道派の公約の違いは?
渡辺氏:中道派は過去にワシントンの政治を握ってきましたが、そこに不満が生じています。「本来、民主党は弱者のための政党であったはずなのに、いつの間にかウォール街に近くなり過ぎている」といった批判です。だからエリザベス・ウォーレン上院議員など左派が勢いづいているのですが、今度はそちらに引っ張られ過ぎると、激戦州の有権者に「極端過ぎる」と敬遠されてしまう可能性があるのです。
西野:再生可能エネルギーへの投資などが急進的過ぎると。
渡辺氏:エネルギーの問題もそうだし、国民皆保険制度の実現も、アメリカの国民にとってはハードルが高い。
山川:トランプ氏からすると、戦いやすいのは左派で、戦いにくいのは中道派の候補者。だとすると、最近になって出馬を検討している、前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏はいかがですか。
渡辺氏:リベラルだけれども、ビジネスマン出身なので、経済的には小さな政府を志向しています。その意味では一定数のファンはいる。
ただ、77歳と高齢で、出てくるタイミングが遅い。これから組織をつくるのは厳しいです。現時点では立候補するかもしれないという観測気球を打ち上げて世論の反応を見極めている段階ではないでしょうか。
西野:個人的には、70代の候補者ばかりの戦いだと、未来を感じにくいのですが。若い人が浮上してくる芽はありませんか。
若手大統領の可能性は?
山川:インディアナ州サウスベンド市のピート・ブティジェッジ市長が支持率を上昇させていますね。性的少数者(LGBT)であることが注目されていますが、軍の経験もあって、マッキンゼー出身。多彩な経歴の持ち主です。
渡辺氏:演説を聞いてもシャープ。討論会などでも評価が高い。
ただ、弱点もあって一つは市長しか経験していないことですね。白人の多いインディアナ州では勝てたかもしれませんが、民主党の予備選は非白人がおよそ半分を占めます。そこに支持を広げられるかどうかがカギです。特に南部の州で勝てないと厳しい。
そうなると同性愛者である点が影響するかもしれません。民主党の中にも保守的な価値観の人は多いですから。高学歴の層には理解を得られても、広く支持を広げられるかどうかは分かりません。
山川:ヒラリー・クリントン氏が大統領になれませんでしたが、もしブティジェッジ氏が大統領になると、女性よりも先にLGBTの人がアメリカのリーダーになりますね。
西野:私はいいと思いますよ。
渡辺氏:何とも言えないところですが、2000年以降に成人になったミレニアル世代の間では、LGBTに寛容な人が多い。2020年の選挙はミレニアル世代とその下の層が有権者の塊になります。同性愛者であることが、マイナスになる度合いは減っているはずです。
魅力的な候補ですから、今後の展開によっては一気にダークホースとして駆け上がってくる可能性はあるでしょう。
山川:バラク・オバマ前大統領のときみたいに。
西野:共和党に話を移しましょう。トランプ氏は前回、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」 などの接戦州を制して、選挙に勝ったわけですが、その後、こうした州では自動車メーカーの工場が閉鎖するなど、状況が変わっています。
渡辺氏:だから、トランプ氏は貿易交渉で、しきりに国内への工場誘致や農産品の輸出拡大などをアピールしているのです。こうした接戦州の支持者に、実際に投票所に足を運んでもらう必要がありますから。特にペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンなどの州がカギを握ると思います。
山川:いずれも前回はトランプ氏が接戦で勝ったところですね。
渡辺氏:昨年の中間選挙では総じて民主党が健闘していて、これらの3州は、いずれもトランプ氏の支持率は民主党候補よりも5~10%劣っていました。ここを失うと、トランプ氏は厳しくなります。
山川:アメリカにはいろんな「ベルト(地帯)」がありますね。ラストベルトの他にも、トウモロコシの生産で知られる「コーンベルト」や南部に広がる「サンベルト」などがあって、いずれも接戦になるとみられているようです。
渡辺氏:南部のサンベルトはもともと共和党の牙城だったのですが、最近は移民が増えていて、もしかすると民主党が取るかもしれません。
山川:特にテキサス州でトランプ氏が負けたら、それだけで再選は黄信号がともりますね。選挙人の数が38人と多いですから。
西野:支持率の推移を見ると、トランプ氏は50%を超えたことがありません。
渡辺氏:現在の支持率は44%程度ですが、大統領1期目の同じ時期で比べると、オバマ氏やカーター氏と同じ水準です。結果としては、カーター氏は負けて、オバマ氏は勝ちました。その意味では、44%という数字は致命的ではありません。
ただ、トランプ氏がオバマ氏と違うのは、不支持率が高いことです。不支持が支持を10ポイントほど上回っている。オバマ氏の場合、拮抗していました。ここが不安材料でしょう。
西野:では最後の川柳です。
トランプ氏 再選したら 何をする
山川:気の早い質問ですが、やはり気になりますね。大統領をあと1年やるか、5年やるかで世界に与える影響が違ってきますから。仮にトランプ氏が再選した場合、政治スタイルや政策は不変でしょうか。少なくとも次の4年は選挙を気にしなくていいわけですよね。
渡辺氏:トランプ氏は独特の世界観を持っています。アメリカはグローバルな枠組みや同盟関係によって搾取されており、犠牲を強いられているという考えです。他国のことはどうでもいいから、自分の国のことに主眼を置くというのは、2期目に入ったとしても、変わらないでしょう。
山川:アメリカ第一主義は不変だと。
渡辺氏:もう一つ、カギを握るのは議会の動向です。大統領選と同時に行われる議会選挙によって、上下院とも民主党が多数派になると、重要法案は通せません。そこでレガシーを残そうとすると、おのずと残された道は外交になります。
その文脈で考えると、アメリカ第一主義をさらに強めて外交を展開するのではないでしょうか。例えば、海外からの米軍撤退。あるいは多国間の枠組みからの撤退路線が強まっていくと思います。
山川:確かに情勢的には、上下両院とも民主党が過半数を押さえる可能性がありますね。そうなるとオバマ氏の2期目の後半もそうでしたが、内政的には何もできなくなってレームダック化する可能性があります。だから外交に向かっていく?
在韓米軍は撤退?
渡辺氏:そうです。既にシリアなどから駐留米軍の撤退・縮小を進めようとしていますが、今後は朝鮮半島も対象になりかねません。撤退しないまでも「もっとお金を出せ」とか、厳しい交渉を挑んでくる可能性があります。
山川:在韓米軍の撤退・縮小は、日本にとって大変なダメージになります。
渡辺氏:その前段階として駐留経費をもっと出せということを言うでしょう。既に要求していますが。
外交や安全保障のプロたち、例えば国務省や国防総省、シンクタンクの専門家などは在韓米軍や在日米軍の重要性を心得ています。彼らはトランプ氏を説得するでしょうが、それをどこまで本人が聞くかどうか。東アジアから米軍が撤退・縮小していく可能性はあると思います。
ただ、その一方でトランプ氏の世界観の中で脅威になっているのは不法移民や中国です。とりわけ中国が軍事的にも経済的にも強くなっていくのは望んでいません。再選した場合、中国との距離の取り方は、2期目のトランプ政権の見どころになります。
西野:聞けば聞くほど、もうお辞めになった方が……(笑)。既に公約を実現したという結果は残していますし。
山川:えっ、もう辞めなさいと?
渡辺氏:確かに経済はいいですし、過激派組織「イスラム国」(IS)の指導者バグダディも殺害しました。最高裁判事に保守派の2人を任命したことも、支持者に対して、大きな成果を残したことになります。
うまくいかなかったことは、民主党とフェイクニュースのせいにして、自分はやれることはやったと。邪魔は入ったが、それでも歴代政権ができなかったことを成し遂げたと言って、政権を去ることはあるでしょう。
山川:あと1年で?
渡辺氏:いや1年というか、あと5年やったとしても。
山川:うーん、何とも、どう受け止めたらいいのか。日本の安倍総理の任期は2021年の9月まで。友好関係を築いていますから、それまではトランプ政権は相性としてはいいのかもしれませんが、安全保障を考えると、どうなのか……。
渡辺氏:アメリカが引くほど「力の空白」ができるのは間違いありません。そこをロシアや中国が埋めようとしてくるでしょう。
西野:来年11月に歴史が大きく動きますね。
山川:気が早いかもしれませんが、今から心の備えはしておく必要がありそうです。
西野:渡辺さん、どうもありがとうございました。
(注:この記事の一部は、BSテレ東「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」の番組放送中のコメントなどを入れて、加筆修正しています)
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