テレビ東京アナウンサー・西野志海と日経ビジネス編集委員・山川龍雄が、世間を騒がせている時事問題をゲストに直撃する動画シリーズ。第2回のテーマは、習近平国家主席の焦り。G20大阪サミットを目前に習主席は北朝鮮を急きょ訪問した。興梠一郎・神田外語大学教授は、香港問題から目をそらす窮余の策と見る。中国政府のもくろむ今後の香港政策とは?
西野志海(日経プラス10サタデー・キャスター、以下、西野):いよいよ2回目です。
山川龍雄(日経プラス10サタデー・メーンキャスター、以下、山川):1回目は記事も動画も想定外に見られました。私たち自身が戸惑っています(笑)。2回目も頑張りましょう。
西野:はい。こんなに見られるとは思っていなかったですね。このコーナーは毎週土曜日朝9時からBSテレ東で放送している「ニュースの疑問」という番組で、お伝えしきれなかったことを、山川キャスターとともにもう一度、ひもといていこうというものです。
今回のテーマはG20も近いということで「習近平国家主席の焦り」。
興梠一郎(こうろぎ・いちろう)
神田外語大学外国語学部教授
1959年生まれ、大分県出身。現代中国論専攻。九州大学経済学部卒業後、三菱商事中国チームに勤務。カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、参議院第一特別調査室客員調査員などを経て現職。著書は『中国 目覚めた民衆ー習近平体制と日中関係のゆくえ』(NHK出版)、『中国ー巨大国家の底流』(文芸春秋)、『中国激流ー13億のゆくえ』(岩波書店)など。
山川:G20を目前に控え、北朝鮮に行ったり、香港ではデモが起きていたり、習主席の胸の内はどうなっているのかなと。1年半前には「核心」と自らを位置付けて強硬路線をとってきたんですが、最近は揺らいでいる感じもします。そのあたりを今日は・・・・・・。
西野:はい、この方に伺います。現代中国の専門家、神田外語大学教授の興梠一郎さんです。よろしくお願いします。
興梠一郎(神田外語大学教授、以下、興梠氏):よろしくお願いします。
西野:まずは1つ目の疑問を、川柳風に詠みます。
「習主席 一度は見たい 笑う顔」
なんとなく笑っている顔は見たことがありますが、どういう人なのかはあまり報道されません。優しい人なのか、怖い人なのか……。
山川:そうですね。破顔というのは、記憶にない。
興梠氏:日本人はそういうイメージを持っていますが、新華社という国営通信社や中国外交部のホームページを見ると、習主席が満面の笑みでほかの国の指導者と握手している写真がたくさん出てきます。相手の国によって顔を変えるんです、その時の関係で。日本に対しては、だんだん緩んできています。
山川:尖閣問題が起きてしばらくは、安倍総理に会ったときには仏頂面でした。
興梠氏:あのときは会見場で、写真に収まる位置に国旗さえ置きませんでした。最近は少しずつ顔がほころんでいます。
西野:そこまで演出しているのですか?
興梠氏:写真を並べてみると、そのときの相手国との関係が分かるんですよ。
西野:生い立ちとか、性格とか、どんな人なんですか?
興梠氏:この人はいわゆる紅二代(こうにだい)という、お父さんが偉かった人、革命家だった人です。一般人とは違う意識を持っています。
西野:エリート?
興梠氏:そうですね、いわゆる二世ですね。父親は毛沢東、鄧小平といった革命をやった世代の人です。自分の親たちは国をつくったという意識を持っている。その後の江沢民、胡錦濤というリーダーは習氏から見ると普通の人たちなんですね、李克強首相も。雇われ社長みたいなものですね。自分はこの国のオーナー、どちらかというと北朝鮮の金正恩委員長に近いような感覚を持っているかもしれない。
最高指導者の私生活は国家機密
西野:好きな食べ物とか、もっとプライベートな部分を知りたいですね。
興梠氏:最高指導者の私生活というのは国家機密です。
西野:そうなんですか!?
興梠氏:香港の書店には以前は国の指導者のスキャンダル本が大量に出回っていて、中国の観光客が買っていました。
山川:今はむしろ台湾でそうした書籍が売られているようですね。
興梠氏:台湾に移った書店もあります。ただ、台湾では政治的に敏感なものは出ていますが、香港のときのようなスキャンダル本は今のところ、あまり見かけません。
書籍のほかには、ウィキリークスから流れてくる情報があります。かつて習氏が地方高官時代に在外公館のトップとざっくばらんに話していたりする。サッカーが好きというのは有名で公式に知られていますが、ハリウッド映画も大好き。
山川:中国の指導者は、意外と米国文化に通じている人が多いですよね。
興梠氏:そうなんです。国家としては建前上、米国に対抗する姿勢を見せていますが、個人的にはつながりを持っている人が多い。
西野:いずれにせよ、個人的な情報があまり出てこないというのは、日本の政治家にとってはうらやましいかもしれません(笑)。
興梠氏:香港は日本の週刊誌の役割を果たしています。香港の情報が海外のメディアにリークされ、それが国内に跳ね返って自分の権力闘争に影響する。中国政府としては、それを政治的に抑え込みたい。
山川:習主席は腐敗撲滅など、かなり強権的な手法でここまでのし上がってきたイメージがあります。
興梠氏:強権政治の裏には不安があります。自分の脅威になりそうなものは芽を摘まなくてはいけないという異常なほどの危機感がある。若い頃に父親が失脚し、一家が離散した。文化大革命のときに貧しい農村に送られて中学校の途中から教育も受けることができなかった。この組織の中では絶対的な権力を握ったものが勝ちというのが経験から得た教訓なのでしょう。
西野:怖がっているのは、例えば民主化の動きですか?
興梠氏:民主化と党内のライバルが連動することを怖がるんです。一番、怖いのは自分の周りにいる人たち。毛沢東はナンバー2を一番怖がっていました。だから文化大革命を機に周囲を粛清した。中国の最高指導者にとって、共産党内のライバルが最大の脅威なのです。
西野:映画みたいな話ですね。
興梠氏:それが民衆とつながるのを一番、怖がる。香港のデモの裏に党内の誰かがいるんじゃないか、と。そういう発想です。
西野:心休まらないでしょうね。
興梠氏:自分たちがそうやって政権を取ってきたので、常に民衆の裏に誰かがいるのではないかと疑うわけです。
西野:さて、香港の話が出てきましたので、ここからは世界中で関心を集めた大規模デモについてお伺いします。2つ目の疑問はこれです。
「香港の 梅雨はホントに あけますか?」
山川:なるほど、梅雨は雨傘運動から来ているわけですね。先ごろ、香港政府の林鄭月娥・行政長官は、刑事事件の容疑者を香港から中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」の改正案について、事実上、廃案になるとの見通しを示しました。これで香港の混乱は収束しますか。
興梠氏:そもそも香港の長官は何もできません。中央政府のいいなりです。選挙委員会で、そういう人を選んでいるわけですから。
山川:林鄭長官はかなりのエリートだと聞きますが。
興梠氏:でも、中国政府はずっと観察してきましたからね。この人だったら、忠実だと判断したからこそ選んでいます。
西野:今回の改正案も背景には中国の思惑があったということでしょうか?
興梠氏:思惑どころか、こんなことは香港だけでやれるはずがない。先ほども申し上げましたが、中国政府は香港を危ない場所と思っているんですよ。早く口封じをしたい。
彼らはまさか民衆がこれほど立ち上がるとは想像できなかった。さらに、台湾にまで跳ね返って、(現職で、台湾独立志向が強い民進党の)蔡英文氏の支持率が高まるなどとは、思ってもみなかった。そのあたりの感覚というのは鈍いところがある。
山川:逃亡犯条例の改正案が通ってしまうと、中国政府が恣意的に「この人を引き渡せ」と言えば、本土に行かされるということですよね。しかも、外国人も同じ扱いを受ける。
興梠氏:そうです。香港で政府を批判するような発言をしたり、批判的な本を出したりしたら、そのことを理由にして引き渡しを要求できるようになる。いちいち連れていくというよりも、狙っているのは抑止力でしょう。この改正案が成立すると、みんながやらなくなる。
山川:でもそれがあまりに強いと、みんな香港でビジネスをしたくなくなるのでは?
2017年に香港政策が大転換
興梠氏:そこに彼らの矛盾がある。本来、1997年に香港が中国に返還されるにあたり、50年間は中国と異なる制度を維持することを約束した。一国二制度のもとで「高度な自治」を認めた。ところが習近平体制になってから変わったんです。大きな出来事として、2017年の第19回共産党大会で、香港に関して中央政府の「全面的管轄権」という、これまでと全然違うことを言い出した。
このときは米国でも騒ぎになりました。さらに翌18年の全人代で李克強首相の報告の中で「高度な自治」「香港人による香港の自治」という言葉を外しました。香港政策が根本的に変わったんですね。
西野:大阪のG20では、米国のトランプ大統領が香港のデモや人権の問題を持ち出すでしょうか? そこで、3つ目の疑問です。
「大阪で 一触即発? 二大国」
興梠氏:とにかく、中国政府も香港政府もこの問題がG20のテーマにならないように、控えていますよ。学生たちが座り込みをしても、手荒いことはしていない。
山川:逃亡犯条例については、香港の長官が、廃案になるとの見通しを示しました。これもG20で騒ぎにならないように、中国側が意図的に強引なことを手控えさせているということでしょうか?
興梠氏:香港でデモをする人たちは、改正案の撤回と長官の辞任を要求しています。香港政府は「廃案」とは言うが、「撤回」とは言わない。撤回すると、間違いを認めることになってしまいます。廃案であれば、「今回は間に合わなかった」ということで済むわけです。いったん廃案になっても、また出してくると香港の人たちは疑っている。
西野:米国は、この香港の民主化要求を後押しするでしょうか。そして人権のカードを切ってくるでしょうか。
興梠氏:中国の論調では、米国は裏でいろいろと動いていると見ています。
西野:その意味ではG20は潮目が変わるタイミングかもしれない?
興梠氏:でも、おそらくトランプ大統領の気持ちは揺れていると、中国側は見ています。通商については、関税を全部かけてしまうと、スマートフォンの値段が高くなるなど、消費者物価が上がってしまう。財界も騒ぎ出すし、世論が変わってくる可能性がある。選挙戦に向けて民主党もネガティブな材料として使ってくるでしょう。
北朝鮮や貿易問題が片付かないまま、景気や株価が低迷すると、トランプ大統領は選挙戦を進めにくくなる。そのことを中国政府は分かっています。だから、じっと待っている。ただ、G20では首脳会談を開いて、会うことは会う。世界中に「米中は対話している」と見せる。その方が、香港にもスポットライトが当たりにくくなるわけです。
西野:うーん、難しい!
山川:ここでG20を迎えるまでの日程を確認してみましょう。
G20の直前に、訪朝した意図は?
●G20前後の主な出来事
注:日中首脳会談は27日を予定
香港の問題が起きて、習主席が急に北朝鮮を訪問しました。香港の問題を取り上げられたくないので、そのイメージをかき消す狙いがあったと見るべきですか。
興梠氏:訪朝のタイミングは唐突です。滞在期間も1泊2日と短かった。メディア戦略を重視しているんですよ。海外で中国がどう報道されるかを気にしている。香港のデモが報道され続ける中で、G20には行きたくないんですね。恥をかきたくない。メンツを重視するので。
それに北朝鮮問題ならトランプ大統領も乗ってくるだろうという計算もあるでしょう。もちろん香港でデモに参加した人たちは、中国政府の思惑を分かっているので引き続き闘おうとしている。さて、G20の最中には、どうなるか。
「香港を絞め殺してしまうかもしれない」
山川:それにしても、人口約700万人の香港で約200万人がデモをしたということは、日本に例えると、3000万人以上が永田町に集まったようなもので、この怒りはものすごいと思う。何がそんなに香港の民衆を怒らせたのでしょう。
興梠氏:せっかく一国二制度があって、香港には自由がある。その壁が壊れてしまうという危機感です。香港政府は全く抵抗できないことも分かっている。そうすると、自分たちが頑張らないと、事実上、香港は無くなってしまう。
西野:選挙に自由がないからデモという方法しかなかったという面もある?
興梠氏:政府もあてにならないし、議会も親中派が占めている。となると、国際社会に訴えるしかない。
西野:これだけインターネットが普及した時代だと、過去のデモとは手法も違ってくるようです。
興梠氏:民衆がとったスマホ映像が次々と流れました。中国は本当は香港のインターネットも封鎖したいぐらいの気持ちでしょう。
西野:その意味では、局面が変わる経過と見てよい?
興梠氏:中国は一党独裁でやっていくという思いが、習近平体制になって強まりました。これが急に変わることはないでしょう。香港を放っておくと、政敵の派閥が何をするか分からない。自分の安全にも共産党にもかかわってくる。
香港の民主化を許してしまうと、全土に広がります。そこは妥協しないと思います。今はG20もあっていったん緩めても、長期的には絶対に抑え込む。政治的な自由があってこその香港だと思うのですが、そうすると危険だと考えている。このままだと香港(の自由や経済)を絞め殺してしまうかもしれない。
西野:うーん、今日はテーマが重くて、明るく質問するわけにはいきませんでした。
山川:スタッフから、そろそろまとめろと言われましたので、私も川柳風に書きました。
「大阪で 梅雨の晴れ間は 見えるかな」
全然まとめになっていませんね(笑)。G20が開催される日本は梅雨の季節。対立が強まっている米中の間に、何らかの晴れ間が見えるか。そして、習主席の笑顔を大阪で少しくらい見ることができるかどうか。
西野:雲の切れ合間から笑顔がのぞくか、ということですね。興梠さん、今日はありがとうございました。
興梠氏:ありがとうございました。
山川:西野さんは、今日はちょっと表情が硬かったですね。
西野:人権や自由の問題って、この私でも力が入ってしまいます。たくさんの人の思いが詰まっていますから。来週もよろしくお願いいたします。
(注:この記事の一部は、BSテレ東「日経プラス10サタデー ニュースの疑問」の番組放送中のコメントなどを入れて、加筆修正しています)
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