自分で考え、動けるリーダーになれるか

最後になる3回目の変化は。

柴山:これはまさに現在、最新刊でも描かれている朱海平原のシーンです。ここでも飛信隊は大きな質的変化に直面しています。

 飛信隊はこれまで、それぞれの戦争で総大将を務める将軍に命じられたことを実行するのが役割でした。そもそも飛信隊は、秦国の大将軍・王騎(おうき)に、相手の右翼の将である馮忌(ふうき)の首を取ってこい、という命令を実現できたところから始まったわけですから。絶えず、その時々でいろいろな役割が与えられてきました。

 けれど実は、朱海平原では総大将を務める王翦(おうせん)は飛信隊にあえて命令を出しません。つまり作戦そのものを自分で考え、決断して、実行しなくてはならないわけです。8000人もの部隊が戦場で、どういった行動を取り、どんな役割を果たし、どのように目標を達成していくのかということそのものを自分で考えろということなのです。これが3回目の質的な変化です。

 もし8000人の部隊があっても、それを率いるリーダーが自分の意思を持って行動していないなら、単なる8000という兵の塊でしかありません。そして将軍の蒙武(もうぶ)や王騎の後を継いだ騰(とう)を見ると、彼らは率いる部隊の人数をほとんど意識していませんよね。それは「何人率いるか」ではなく、兵たちを1つの戦略的な意味を持った集団として率いているからです。

 リーダーとして、信はどのように飛信隊を率いるのか。意図的に指示が与えられない状況下で、自分は何をしないといけないのかを考えなくてはならない。私個人は、これこそが信が将軍になるための最後のテストではないかと思っています。

 信とほぼ同世代の蒙恬(もうてん)は、同じく朱海平原の戦いでこのテストに合格したから左翼で将軍の役割を担うようになった。蒙恬は自分の頭で考えて、戦局そのものを変えたわけです。では、信はどうやって乗り越えるのでしょうか。

 これはスタートアップでいえばいかに経営者が自律性を持って経営するかということでもある。つまり3つめの質的変化で大切なのは経営者本人の覚醒ではないかと私は思っています。経営者として当たり前かもしれませんが、実は意外と難しいんです。海外の先行サービスに目が行きがちになったり、勢いのあるスタートアップの経営手法をそのまま真似しようとしたり。そうした誘惑を断ち切り、自分自身のミッションやストーリーに立ち返ってはじめて、一人の自立した経営者になることができるはずで、私自身もまだ道半ばです。

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