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組織にミッション、ビジョン、バリューが必要なワケ

2回目の質的な変化はいつ起こるのでしょうか。

柴山:主人公の信が、飛信隊のミッション、ビジョン、バリューを明確に部隊に伝えるシーンでしょうね。

 決定的な引き金となったのは、秦の隣国・趙の「三大天」李牧の右腕、慶舎(けいしゃ)を飛信隊が討った直後に起こりました。

 この時、秦の国の仲間として、同じ戦いに加わっていた野盗出身の将軍・桓騎(かんき)たちは、勝利を収めた後で略奪を繰り広げます。民間人を殺害したり、略奪したりすることに強い反発を覚えた信は、桓騎を強烈に批判します。

 けれど、信が桓騎を責めている最中に、飛信隊から桓騎軍に出向していた古参兵の尾平(びへい)が、桓騎軍で盗みに加担していたことが発覚するわけです。倫理観や価値観を巡る議論で、桓騎と信は対立。さらには信頼していた古参兵まで悪事に加わっていたと思った信は、思わず尾平を飛信隊から追い出します。

©原 泰久/集英社

 その後、信はなぜ盗みを働いてはいけないのか、という考え方について、自身の過去の経験を振り返りながら語ります。そして飛信隊では盗みや略奪は禁じると改めて宣言するのです。この一連のエピソードの中で初めて、飛信隊というチームが大切にする価値観が何なのかが確立されていきました。

 この直後に飛信隊は8000人の部隊になります。価値観が確立していない8000人の集団は、烏合の衆です。共通の価値観がなければ求心力は消え、部隊を率いるのは難しくなるはずです。

 付き合いの長い信と尾平だって、ある瞬間に微妙な食い違いが生まれたんです。これが8000人の集団にもなれば価値観はそれぞれ違ってくる。バラバラの兵の寄せ集めにならないためにも、自分たちがどんな価値観を持ち、どういう行為は良くないと考えるのかを統一し、新たに加わる仲間に伝えなければならない。人数が少ないうちは、暗黙のうちに「わかっているよね」というので十分なのですが、人数が多くなると、「あえて言語化して共有する」というプロセスが必要となります。

 民間人を殺さない、盗まない、落ちているものだって拾って自分のものにしない。戦いが始まってもう家主が逃げている民家に入って、食べ物を盗むこともやめよう、と。相当、高い倫理感だと思いますが、ここで初めて、飛信隊のミッション、ビジョン、バリューが明確になったわけです。

 スタートアップでも、多くの経営者がビジョン、ミッション、バリューを明確化し、繰り返し社内外に発信していますよね。みんなで何となく感じていたことを、言葉にして共有することが重要になる。ある程度、事業が成長する前にミッション、ビジョン、バリューをつくっておかないと組織が空中分解してしまいますから。