起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらが愛読するベストセラー漫画『キングダム』(原泰久著、集英社)。累計発行部数は4500万部を突破し、この春には映画化もされた。

 中国の春秋戦国時代を舞台に、類いまれなる武力を持つ戦災孤児の主人公・信(しん)が、中華統一を目指す秦の若き王・嬴政(えいせい)の下で、天下の大将軍を目指すストーリーに、多くのファンが魅了されている。

 兵を率いるリーダーシップ、数千人、数万人規模の兵をまとめる組織づくり、部下を育てる人材育成、そして戦略や作戦、戦術の練り方など――。多くの学びが、『キングダム』には盛り込まれている。

 本連載では、『キングダム』を愛読する起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらに取材。『キングダム』から何を学び、どう経営に生かしているのか聞いた。

 連載16回目に登場するのは、全自動の資産運用ロボアドバイザー「WealthNavi」を運営し、サービスの正式ローンチから3年1カ月で預かり資産1700億円を突破したウェルスナビの柴山和久社長。子供の頃から中国古典の『史記』や『貞観政要』『韓非子』などを愛読してきたという柴山社長にとって『キングダム』の魅力とは何か。スタートアップに起こり得る様々な課題の解決策が、作中に描かれていると柴山社長は語る。

<span class="fontBold">柴山和久(しばやま・かずひさ)氏</span><br> ウェルスナビ代表取締役CEO。1977年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年に大蔵省(現財務省)に入省。2004年に米ハーバード・ロースクールを卒業し、ニューヨーク州弁護士資格を取得。2006年に英財務省に出向し、日英の予算・税制・金融・国際交渉を担当した後、2009年に退職。仏経営大学院INSEADに留学し、MBAを取得。2010年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、主に機関投資家のリスク管理・資産運用に携わる。2015年に独立してウェルスナビを設立。全自動の資産運用アドバイザー「WealthNavi」を運営し、サービスの正式ローンチから2年2カ月で預かり資産1000億円を突破。現在、預かり資産1700億円、口座数24万口座と急成長を遂げる。(撮影/竹井俊晴、ほかも同じ)
柴山和久(しばやま・かずひさ)氏
ウェルスナビ代表取締役CEO。1977年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年に大蔵省(現財務省)に入省。2004年に米ハーバード・ロースクールを卒業し、ニューヨーク州弁護士資格を取得。2006年に英財務省に出向し、日英の予算・税制・金融・国際交渉を担当した後、2009年に退職。仏経営大学院INSEADに留学し、MBAを取得。2010年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、主に機関投資家のリスク管理・資産運用に携わる。2015年に独立してウェルスナビを設立。全自動の資産運用アドバイザー「WealthNavi」を運営し、サービスの正式ローンチから2年2カ月で預かり資産1000億円を突破。現在、預かり資産1700億円、口座数24万口座と急成長を遂げる。(撮影/竹井俊晴、ほかも同じ)

ウェルスナビでは現在、『キングダム』全巻を社員が読んでいると聞きました。

柴山氏(以下、柴山):そうです。弊社では年に数回、マネジャー研修を実践しているのですが、最近の研修の打ち上げで、マネジャーの1人が『キングダム』が好きだと話したんです。するとみんなも読んでいてすごく盛り上がりました。

 私も『キングダム』を愛読していたけれど、社内にこんなにファンがいるんだと知って、居酒屋でその場で全巻を注文して、会社に寄付したんです(笑)。こんなに盛り上がるんだったら、まだ読んでいない人にも知ってもらおう、と。

 実はこれにはある狙いもありました。スタートアップにありがちなんですが、会社全体で特に経営者が成長機会に圧倒的に恵まれているんです。例えば、私も参加しているスタートアップ起業家コミュニティ「千葉道場」などが典型ですが、経営者には経営者同士で情報を共有し、互いに学び合う場がたくさん存在しています。

 ところが、こうして学んだことを、それぞれの経営者が自分の会社内で共有しようとすると、途端に希薄化してしまうんです。起業家たちの間では涙なしに読めないとまで言われるベン・ホロウィッツ著の『HARD THINGS』だって、社員に薦めると反応はとても鈍い。どうしても経営者と社員の間では、モノの見方や感じ方に食い違いが生じてしまうんです。これは仕方のないことでしょう。

 けれど『キングダム』の話ではみんなが盛り上がった。それなら、これをテーマに、経営者と社員が課題意識を共有することができればいいと期待したんです。

 スタートアップは成長が速いから、本来は、経営者でなくても、学ぼうと思えば、どんどん学び、成長する機会があるはずです。だから、みんなにも学び、成長してほしい。経営者にばかり偏りがちな学びの機会を、社員に共有するための共通言語として、『キングダム』は役立つと、私は思ったんです。

具体的には、どんなことが学べるのでしょうか。

柴山:『キングダム』がすごいのは、スタートアップの経営者としての発展と、会社としての発展の両方に学びがあるということです。主人公の信(しん)と彼の率いる部隊「飛信隊(ひしんたい)」が成長する様子は、まさにスタートアップそのものです。中でも特に注目すべきなのが、チームの質的な変化でしょう。

 飛信隊の基になったのは、信が加わった5人組の集団、「伍」です。たった5人の兵からスタートして、信の部隊は100人になった時に飛信隊という名前が付きました。それが今では8000人を率いる規模になっている。この組織の拡大に合わせて、飛信隊では質的な変化が、少なくとも3回は起こっているんです。

最初の変化はいつ起こったのでしょう。

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