起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらが愛読するベストセラー漫画『キングダム』(原泰久著、集英社)。累計発行部数は4500万部を突破し、この春には映画化もされた。
中国の春秋戦国時代を舞台に、類いまれなる武力を持つ戦災孤児の主人公・信(しん)が、中華統一を目指す秦の若き王・嬴政(えいせい)の下で、天下の大将軍を目指すストーリーに、多くのファンが魅了されている。
兵を率いるリーダーシップ、数千人、数万人規模の兵をまとめる組織づくり、部下を育てる人材育成、そして戦略や作戦、戦術の練り方など――。多くの学びが、『キングダム』には盛り込まれている。
本連載では、キングダムを愛読する起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらに取材。『キングダム』から何を学び、どう経営に生かしているのか聞いた。
連載11回目に登場するのは、カラオケボックスやレストラン、カフェなど、多様な場所で荷物預かりサービスなどを展開するスタートアップ企業ecboの工藤慎一社長。旅行用の荷物などを預かる「ecbo cloak(エクボクローク )」を展開し、この9月には、宅配物を「ecbo cloak」加盟店で受け取ることができる「ecbo pickup(エクボピックアップ)」というサービスや、ネット通販大手Amazonとの提携を発表したばかりだ。創業以来、名だたる大手企業とタッグを組んで事業を展開しているが、工藤社長は『キングダム』の主人公、信と同様「バカだから実現できた」と振り返る。その真意とは。
(構成/井澤 梓)
工藤慎一(くどう・しんいち)氏
ecbo代表取締役社長。1990年マカオ生まれ。日本大学卒業。Uber Japan 立ち上げ時のインターンを経験した後、2015年6月 ecboを設立。2017年1月から「荷物を預けたい人」と「荷物を預かるスペースを持つお店」をつなぐ、世界初の荷物一時預かりシェアリングサービス「ecbo cloak」を運営。2019年9月宅配物受け取りサービス「ecbo pickup」を発表。(撮影/古立 康三、ほかも同じ)
工藤社長はなぜ『キングダム』が好きなのでしょう。
工藤社長(以下、工藤):スタートアップを経営していると、『キングダム』に共感する部分が多いんです。中でも僕が特に共感を覚えるのが主人公の信(しん)です。純粋な思いで突っ走っているところが似ているなあ、と普段から感じています。
信は「天下の大将軍になる」という目標を掲げて愚直に突き進んでいます。
起業する前の僕は、「会社をつくるんだ」と言いながらも、その方法を知りませんでした。大言壮語するだけの青年だったんです。学歴も高くないし仕事もできない。外資コーヒーチェーンでアルバイトをしたかったのだけれど、面接にはずっと落ち続けていました(笑)。それくらい、おちこぼれだったんです。
これといった軸のない学生。そんな僕が、世の中に必要とされる会社をつくりたいという目標を見つけて、今はその実現に向かって突っ走っている。最近は自分でも、「天下の大将軍」を目指して駆け抜ける信のようになってきているな、と思えてうれしいんです。
ほかにも自分を信と重ね合わせた出来事がありました。
ちょうど2018年2月、うちの会社が東日本旅客鉄道(JR東日本)やJR西日本イノベーションズ、メルカリと複数の個人投資家を引受先として、第三者割当増資を実施したんです。交渉を開始してから、2カ月で話がまとまりました。
誕生したばかりの小さなスタートアップが、日本を代表する大企業からこんなスピードで資金を調達できるのは異例のこと。しかもJR東日本とJR西日本が同時に出資するのは初めてのことです。当時の僕は、信の持つ「バカ」という才能を大いに発揮していたんだと思ったんです。
バカだから思い切って挑戦できた
工藤:信はもの怖じしませんよね。天下の大将軍や秦の国王に対しても遠慮せずにずけずけと話をします。この姿勢がトップに好かれている。どうしても人間は「すごい人だ」と思ってしまうと恐縮しがちですが、バカだとスッと懐に入っていける。「この人はスゴイ」とか「この事業はとても難しい」と知らない方が思い切って挑戦できるし、学びを得ることもできるはずです。
きっとあの時の僕も、同じだったのではないでしょうか。
大企業の方々にとってみれば僕は頼りない経営者です。けれど「工藤はどうしようもないな」と思ってくれたからこそ、サポートしてくれたのかもしれません(笑)。
今では大企業でもオープンイノベーションに関する取り組みが進んで、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を持つ企業も増えています。ベンチャーを受け入れる体制は確実に、以前よりは整ってきている。
ただ当時はまだ多くの大企業がベンチャーとの付き合い方を模索していた時期です。普通に考えれば、創業1年未満のベンチャー企業だった僕たちが大手企業と連携できるはずはありません。
けれど僕は信と同じように、根拠なんてなくても、「きっと大丈夫」と思っていました。だから実現できた。バカで無知であることがよかったんです。
『キングダム』の中で工藤さんが特に好きなシーンはありますか。
工藤:信が仕える秦の国王・嬴政(えいせい)はある時まで、商人の身分から出世をして、廷臣の最高職にまで就いた呂不韋(りょふい)と権力争いを繰り広げていました。
結局は嬴政が勝ち、呂不韋は失脚します。この時、呂不韋の手下として秦国の宰相を務め、呂不韋が主導したクーデターに加担して牢獄に閉じ込められた学者が、李斯(りし)でした。彼はある時、嬴政を支える文官の昌文君(しょうぶんくん)にこう語ります。
工藤:ecboも李斯のように、コアバリューを通して会社のあり方を定義しています。
僕たちのコアバリューは、「Excite(ワクワクこそが最大の原動力)」「Communicate(夢を語ろう)」「Build(世界を変えていく仕組みを創り続けよう)」「Own your life(自分の人生を生きよう)」。この中でも僕が大切にしているのが、「Own your life(自分の人生を生きよう)」です。僕は、人は会社のためではなく、自分のために仕事をすべきだと考えています。
自分が熱意を持ってできることと会社のベクトルが合っていると最高ですよね。逆に言うと、それが合わなくなった時が、会社を辞めるタイミングなのだとも思います。
信が王騎から受け継いだもの
主人公の信に共感するとおっしゃいましたが、ほかに印象に残るシーンはありますか。
工藤:僕が最も心を打たれたのは、大将軍の王騎(おうき)が信に、自分の武器である矛を渡すシーンです。
王騎がなぜ信に矛を託したのか。
王騎はきっと、自分が嬴政の曽祖父である昭王(しょうおう)に仕えていたのと同じような忠誠心で、信にも嬴政に仕えてもらいたいと思ったのではないでしょうか。そして昭王が戦争に明け暮れた人生の中で実現することのできなかった中華統一の夢を、嬴政の時代に、信たちの支えによって実現してもらいたい。そう願ったのだと思います。
つまり王騎は昭王の思いを嬴政と信につないだ。
王騎にとっての信のように、「自分の意志を継ぐ人」の存在を見つけることが、経営者にとっていかに大切かということを、このシーンから感じることができました。たとえ自分がいなくなっても、その意志を後世に残してくれる存在をつくること。
きっと実際の世界でも、後世に残る大きな取り組みというのは、数世代にわたって思いをバトンタッチしてきたのだと思うんです。東京タワーしかり、新幹線しかり。そして僕もecboのメンバーに、自分の考えを継承して、社会課題を解決するような人材を輩出していきたいと考えています。
経営者の仕事とは、世の中にある課題を真っ先に見つけて、解決策を考え、実現することです。企業を成長させ、社会的インパクトを高めて、より大きな規模で課題を解決していく。そのためにもやっぱり、課題を解決できる人材を育てる必要があるんです。
僕が、社員にとっての王騎のような存在に
では、工藤さんにとっての、王騎のような存在は誰なのでしょう。
工藤:尊敬する人はたくさんいます。例えば革新的なサービスを作り続けたアップル創業者のスティーブ・ジョブズとか、ビジョンを掲げて不可能を実現する孫正義さんとか。
ただ、自分が作ろうとしている会社の経営スタイルにぴったりと合うようなメンターには、まだ出会えていません。
けれど最近は、あのシーンを見て、もしかすると自分が理想としている未来の僕こそ、自分にとっての王騎なんじゃないかと思えるようになったんです。
つまり、将来の自分が僕にとっての最強のメンターである、と。だから僕は、迷いがあれば理想とする将来の自分を目指せばいい。
加えて僕が、より若い世代の経営者にとって、王騎のような存在になって、社会課題を解決できる人材をどんどんと育成し、輩出していくべきなのではないか。そんなふうに考えるようになっています。
時間は有限です。人生のタイムリミットを迎えた時、「ああ、あの社会課題は解決できなかったな」と思いたくはありません。だからこそ、きっちりと期限を決めて王騎のような存在に、僕自身が成長しないといけない。最近はよくそう感じています。
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