起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらが愛読するベストセラー漫画『キングダム』(原泰久著、集英社)。累計発行部数は4500万部を突破し、この春には映画化もされた。
中国の春秋戦国時代を舞台に、類いまれなる武力を持つ戦災孤児の主人公・信(しん)が、中華統一を目指す秦の若き王・嬴政(えいせい)の下で、天下の大将軍を目指すストーリーに、多くのファンが魅了されている。
兵を率いるリーダーシップ、数千人、数万人規模の兵をまとめる組織づくり、部下を育てる人材育成、そして戦略や作戦、戦術の練り方など――。多くの学びが、『キングダム』には盛り込まれている。
本連載では、キングダムを愛読する起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらに取材。『キングダム』から何を学び、どう経営に生かしているのか聞いた。連載5回目に登場するのは、広告業界で今、大きな注目を集めているThe Breakthrough Company GO代表の三浦崇宏氏。『キングダム』が単なる歴史や戦争を扱ったマンガではなく、ビジネス書として読まれるようになった背景には、三浦氏が仕掛けたプロモーションがあった。「今、一番売れているビジネス書」として、実際のビジネス書を彷彿とさせるタイトルで、『キングダム』1〜30巻の表紙をずらりと並べたキャンペーンは話題を呼んだ。インタビューの前編では、そもそもなぜこういった仕掛けを考えたのか、話を聞いた(詳細は「仕掛け人が明かした『キングダム』がビジネス書として売れたワケ」)。後編では三浦氏がチームづくりにおいて大切にしているポイントを、『キングダム』のエピソードを通して語ってもらった。
(構成/井澤 梓)
三浦崇宏(みうら・たかひろ氏)
1983年生まれ。2007年に博報堂に入社し、マーケティングやPR、クリエイティブ部門を歴任。2017年に独立。従来の形にとらわれずに事業を展開する「The Breakthrough Company GO」と設立する。日本PR大賞、カンヌライオンズPR部門など受賞歴多数(撮影/竹井俊晴)
インタビューの前編では、三浦さんが仕掛けた『キングダム』をビジネス書として読むというキャンペーンについてお話を伺いました(詳細は「仕掛け人が明かした『キングダム』がビジネス書として売れたワケ」)。お話の中で、三浦さんは会社員時代から『キングダム』を愛読しているとおっしゃいました。作中で特に好きなシーンや、しんどいときに読み返すシーンはありますか。
三浦氏(以下、三浦):大作の中でも1つの山場となっているのが、秦国が周辺6カ国(韓、魏、趙、燕、楚、斉)から一斉に攻め込まれるシーンでしょう。6カ国の合従軍が圧倒的な兵の数で、秦の国を落としにかかった。
ギリギリの攻防戦の中で、秦が敗れるか否かというカギを握ったのが、蕞(さい)という小さな城の攻防戦でした。このシーンが好きだというファンは多いと思いますが、僕が心を打たれたのは、ここで主人公の信が言ったセリフです。
追い詰められてから本領を発揮するチーム
三浦:兵が次々に倒れ、主人公の信も、彼が率いる部隊の「飛信隊(ひしんたい)」も、もうボロボロの状態に追い込まれている。それなのに信は、飛信隊の兵たちに向かって、こう檄を飛ばすんです。
「ようやく俺達が本領を発揮できる時が来たぞ!!」
「俺達はっ圧倒的不利な状況でこそ力を発揮する部隊だ!」
「見ろ 城壁に敵が満ちてやっと本気で戦えるぞ」
これは、僕らの会社、GOの立ち位置そのものなんです。
僕たちGOに相談してくるのは、大手の広告会社やコンサルティングファームに相談しても、満足いく答えが出なかった人たちです。潤沢な予算があって、コンビニや大手スーパーの店頭にどんと棚が取れるのであれば、分かりやすいテレビCMを打つだけでも商品は売れるかもしれません。
けれど、GOを訪ねてくるのは、テクノロジーが新しすぎて誰にも理解されなかったり、予算やお金、あるいは社会の理解が足りなくて追い詰められていたりするなど、何らかの課題のある仕事ばかりなんです。
だから、彼らが追い詰められたところが僕たちの仕事のスタート地点になる。逆に言うと追い詰められてから、僕たちは本領を発揮するチームなんです。まさに蕞の攻防戦こそ、僕たちの普段の仕事そのものなんです。
力を尽くしても何も生まれない、ということは絶対にあり得ません。あらゆる局面でも選択肢は無限にあるわけですから。
ただ、そこにたどり着くまでに、時間が尽きるか、お金が尽きるか、あるいはモチベーションが尽きるか。限られたリソースの中で僕たちも戦っています。それをひっくり返すのがチームの力とクリエイティブの力なんです。
普通に戦えば負けることばかりです。逆転勝利を収めるからこそ、みんなにほめられるし、自分たちも気持ちがいい。そんなふうに逆境を楽しめるのが、GOのカルチャーであり、強みです。
ピンチはもちろん辛い。けれどピンチの時にこそ本領を発揮できるチームは確実に存在します。どんなに厳しい状況でも、視点を変えれば長所は見える。ピンチの最中で、クリエイティブの力で針の穴に1本の糸を通すような可能性を見つけるのが、僕らは楽しいんです。
そして、インタビューの前編でもお話した通り、『キングダム』をビジネス書として働く人に読んでもらおうと考え、表紙を変えようと考えたのも、その一例と言えるでしょう。
「心ゆくまで」と言ってくれる部下の存在
ピンチの時に本領発揮できるチームをつくるために、三浦さんが普段から気をつけていることはありますか。
三浦:『キングダム』の中で、僕がもう1つ好きなシーンがあるんです。
秦が隣にある大国の趙を攻めるのですが、この時、戦争の責任者を任せられた将軍の王翦(おうせん)は、戦いの要となる趙の城を偵察に行きます。離れた場所からその城を観察し、王翦はそこの攻略が相当困難であると察します。
そして驚くことに、王翦は偵察に訪れた敵地の草むらにしゃがみ込んで、そこで次の一手を練り始めます。当然、敵兵に見つかるのだけれど、ここで王翦は、部下の亜光(あこう)に、ひと言だけ聞きます。
「よいか?」「心ゆくまで」――。
王翦は部下の言葉を信じて、背後で起こる激戦には一切気を回さず、集中して戦略を練り続ける。
「いやいや、それ帰ってからやれよ」とも言いたくなるけれど(笑)、これぞまさに理想の信頼関係だなと思います。
いいチームの条件はすごくシンプルで、「メンバーどうしの心理的安全性」が確保されていることです。
この「心理的安全性」には2つあって、1つは後ろから刺されないという当たり前のこと。要は「こいつは裏切らない」という信用。もう1つが、「振り向いて確認しなくても、仲間も同じように戦っている」という信頼です。
その点、王翦は亜光を信用し、信頼していた。「心ゆくまで」と言ってくれる部下がいることは、経営者として最高なことです。人間として「信頼」できたとしても、部下の実力を信じることができなければ「信用」はできませんから。
飛信隊もうちの会社も、仲間を1人の人間としてパートナーシップを信頼し、ビジネスパーソンとしてもその実力を信用している。この2つが高いレベルで成立しているのがいいチームです。実際、僕が信用し、信頼できる人しか採用していませんし、その結果、会社を立ち上げて3年経ったけれど、まだ誰も辞めていないんです。
クリエイターが立ちあげた会社は通常、どうしても創業者である社長がいなくなると終わってしまうことが多い。
けれど僕は、自分が死んだ後でもGOが続いてほしいと思っています。そしてGOには広告業界とかを超えて、社会の変化と挑戦を支援する存在であり続けてほしい。だからチームづくりには相当こだわっています。
改めて、なぜビジネスパーソンが『キングダム』にはまったのだと思いますか。
三浦:人間の成長物語として、とても分かりやすいですよね。ファンはみんな、何かしら自分を作中のキャラクターに自己投影していますよね。もちろん僕もその一人です。起業家や経営者をはじめ、これほど多くのビジネスパーソンが『キングダム』に注目するきっかけの1つを作れたことは、1ファンとしてもとてもうれしく思っています。
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