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王翦が実践「やらないこと」を明確にすること

乃村:スタートアップの強みの1つは、1つの戦略に集中して、小さな面積にものすごい圧力をかけられることにあります。

 例えば年間広告費の100億円を使って、100の事業を宣伝する大企業の場合、1つの事業に対して広告費は1億円しか使えません。一方で、僕たちのようなスタートアップは1事業しか手掛けていないけれど、そこに3億円を投じることができる。だからアリのように小さなスタートアップでも、大企業の1事業に勝てるチャンスが生まれるんです。

 経営をしていて、ある時、うちの役員に叱られたんです。「乃村さん、ヒトも時間も、お金も有限です。限られた資源を思いつきで分散するのはやめてください」と。

 本当にそうだなと思いました。その時、彼の言葉をすんなりと受け入れられた背景には、『キングダム』に登場する秦国の将軍・王翦(おうせん)の存在がありした。

 王翦は戦争に出ると、まず「やらないこと」を明確にしています。戦略を練り、やらないと決めたことには絶対に手を出さない。実際、秦の国王によって、隣国の趙攻めを命じられた王翦は、趙にとって重要な役割を果たす手前の城、鄴(ぎょう)を落とそうと考えます。

 こっそりと軍を抜け出し、自ら鄴の視察に訪れた王翦は、巨大な望楼などを見て、「あの城は攻め落とせぬ」と判断します。そして戦略を変更する。

(©原 泰久/集英社)

 スタートアップの経営に大切なのは「やらない」と決めたら絶対に手を出さず、一方では「やる」と決めたことを適切なタイミングで実践するということ。

 王翦の戦略は、ともすれば説明不足で、時に味方でさえ翻弄されることもあります。けれど王翦は、絶妙なタイミングで戦略を打つ。そこまで徹底して、「何を、いつ、する/しないのか」を決断している。そしてきちんと結果を出す。結果が出るからこそ、配下も指示通りに動くんです。

 実際には、途中で想定外の事態に陥ったり、劣勢になったりすると、つい、あれやこれやと考えを巡らせて、別の打ち手を実行したくなるものです。けれど、それでも最初に決めた通り、「やらないことはやらない」。これを徹底することが、今の僕には足りない。だからとても勉強になるんです。