全4521文字

常識にとらわれない発想力を持ち続けられるか

乃村:『キングダム』の中でも1つの大きな山場である戦いで、秦国の兵たちは簡単には敵から攻略されないとても高い城壁に守られていました。けれど、敵も知恵を絞り、ある秘策で対抗しました。それが「井闌車(せいらんしゃ)」です。

 簡単に言えば車輪の付いた巨大なやぐらのようなもので、中には階段があり、城壁に接すると、そこに橋渡しをして兵を城壁の中に送り込むことができるのです。どんなに立派な城壁でも、井闌車を使われてしまえば、ひとたまりもありません。実際、秦国側の将も兵も、初めて井闌車を見たときには度肝を抜かれました。

 けれど、桓騎はここでも一人、悠然としているんです。そして井闌車に油の入った樽を投げつけ、火矢を放つ。逃げ場所もない小さな空間が焼かれるのです。井闌車の中にいる兵たちは、慌てて外に逃げ出します。

(©原 泰久/集英社)

 確かに冷静に考えれば、「そうか、火を付けて焼けばいいんだ」と理解できるけれど、常識にとらわれるとどうしても、それが見えなくなってしまう。

 桓騎の戦略はきっと、子供の頃には誰もが思いつくような「当たり前」の応用なんだと思います。けれど、大人になるとどうしても常識が邪魔をして、軟らかな発想ができなくなる。柔軟に物事を捉えようということに、改めて気づかせてくれるのが、桓騎なんです。

ただ戦争の戦い方などを見ると、桓騎には残虐な面もあります。

乃村:「首切り桓騎」と呼ばれていますもんね。けれど彼の戦略を見ると、残虐な行為によって快感を覚えるタイプの人間だとは、到底思えないんです。

 もちろん敵の首を切ることもある。時には戦争に関係のない民を犠牲にすることもある。けれど、それは単に誰かを残酷に殺したいのではなく、その行為が周囲の人々に与える、精神的な影響を考えているのではないか、と。

 『キングダム』では作中でしばしば「士気」という言葉が登場します。兵の士気を高めれば戦闘力は上がります。ただ同時に必要なのは、敵の戦意を喪失させる戦略です。

 時に桓騎は、無抵抗な村人を惨殺し、体をバラバラにして串刺しにして敵に送り付けました。これを見た敵の兵たちは、「ヤバい相手と戦っているのかもしれない」と引いて、戦意がくじかれてしまう。兵士の心が不安定になると、いくら将軍が有効な策を打っても、機能しません。

 これが、桓騎の狙いなのだと思っています。