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 起業家から大企業の経営幹部、気鋭のプロフェッショナルらが愛読するベストセラー漫画『キングダム』(原泰久著、集英社)。累計発行部数は4000万部を突破し、この春には映画化もされた(映画『キングダム』)。

 中国の春秋戦国時代を舞台に、類いまれなる武力を持つ戦災孤児の主人公・信(しん)が、中華統一を目指す秦の若き王・嬴政(えいせい)の下で、天下の大将軍を目指すストーリーに、多くのファンが魅了されている。兵を率いるリーダーシップ、数千人から数万人規模の兵をまとめる組織づくり、部下を育てる人材育成、そして戦略や作戦、戦術の練り方など――。多くの学びが、『キングダム』には盛り込まれている。

 本連載では、『キングダム』を愛読する起業家、経営幹部、プロフェッショナルらに取材。『キングダム』から何を学び、どう経営に生かしているのかを聞いた。

 連載2回目に登場するのは、リンクアンドモチベーション取締役の麻野耕司氏。個と個をつなぐ「チームワーク」の重要性を説いた麻野氏の著書『THE TEAM~5つの法則~』(幻冬舎)は7万5000部のベストセラーとなり、同社の売りである、経営学・社会システム論・行動経済学・心理学などの学術的理論と、実践的な経営コンサルティングの知見を融合させた独自技術「モチベーションエンジニアリング」は実業界で大きな注目を集めている。「チーム」や「モチベーション」のプロフェッショナルでもある麻野氏が見た『キングダム』の魅力とは何か。話を聞いた。

リンクアンドモチベーション取締役、オープンワーク副社長 麻野耕司(あさの・こうじ)氏
2003年、慶応義塾大学法学部卒業。リンクアンドモチベーション入社。2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング部門の執行役員に、当時最年少で着任。気鋭のコンサルタントとして、名だたる成長企業の組織変革を手掛ける。2013年、成長ベンチャー企業向けの投資事業を立ち上げ、全く新しい投資スタイルで複数の投資先を上場に導く。2016年、国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ、国内HRテックのけん引役として注目を集める。2018年、同社取締役に着任。同年、ヴォーカーズ(現オープンワーク)副社長を兼任。国内最大級の社員クチコミサイト「OpenWork(オープンワーク)」を展開。著書『THE TEAM~5つの法則~』(幻冬舎)は7万5000部を突破(撮影/竹井 俊晴、ほかも同じ)

実業界でも麻野さんの『キングダム』好きは有名です。どんなきっかけで『キングダム』について語るようになったのでしょう。

麻野氏(以下、麻野):たまたまある時、『キングダム』をテーマにした対談を実施したら、その記事が異様にシェアされて、それ以降、いろんな方面から『キングダム』について語り合うイベントに呼ばれたり、取材を受けたり。あっという間に“キングダム芸人”として扱われるようになりました。

 『キングダム』がテーマの取材は受けるのも楽しいし、記事になった後もかなり読まれる。それだけファンの裾野が広いんでしょうね。

今回は改めて、『キングダム』からビジネスパーソンが得るべき学びや知見についてうかがいたいと思います。

麻野:はい。その前にまず『キングダム』がどれだけ役立つかという一例を挙げると、うちでは『キングダム』を僕の部門の課題図書に指定しています。

 オフィスに課題図書をまとめた本棚があるんですが、そこにはどちらかというと学術的な経営学や心理学、社会学の書籍が並んでいます。もしくは、もう少し実践的な企業経営の書籍とか。その中に『キングダム』も全巻入っています。「必ず読むように」という感じで置いていて、『キングダム』は社内の共通言語にもなっています。

共通言語、ですか。

麻野:ちょうどさっきまで、プロダクトチームの責任者と打ち合わせをしていたんですが、ある新商品の開発をプロダクトマネジャーに任せていて、彼が「ちょっときつい」と漏らしたんですね。現場と開発の意見がぶつかって、それをまとめるのに苦戦している、と。それで相談に来たんです。

 けれど僕は、「助けないよ」と言いました。イメージで言うと、まさに『キングダム』でも単行本の53巻や54巻で描かれている世界です。

【解説】

 中華統一を目指して、秦の王・嬴政(えいせい)は隣国の趙を攻めることを決断する。秦軍の総大将を務めるのは知略に秀でる将軍・王翦(おうせん)だ。

 朱海平原の戦いで、主人公・信(しん)率いる「飛信隊(ひしんたい)」と、王翦の息子で信の良きライバルでもある王賁(おうほん)の部隊「玉鳳隊(ぎょくほうたい)」は秦連合軍の右翼に配置される。

 連日、激戦を重ねるが、秦軍は苦戦を強いられ、飛信隊も玉鳳隊も苦境に追いやられる。兵の数は削られ、食糧が底をつきかけ、生き残った兵の士気も下がる。そんな状況でも王翦は、信と王賁ら右翼に援軍を送ろうとしなかった。

麻野:王翦が信や王賁を助けなかったのには、狙いがあると思うんです。

 援軍を送らずにあえて苦境に立たせることで、信と王賁の部隊を“覚醒”させる。総大将が助けようとすると、どうしても武将たちはその力に頼ろうとします。けれど援軍もなく、自力で苦境を切り開くしか道はないと分かると、誰だって普段以上の力を目覚めさせるしかありません。

 信は飛信隊を、王賁は玉鳳隊を必ず覚醒させるだろう。王翦はそう信じていたからこそ、援軍を送らなかったのだと思います。