全5171文字

データから得た「気づき」を人が取材する

 総務省情報通信政策研究所の「平成30年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」報告書によると、インターネット・テレビ・新聞それぞれの情報源としての重要度・メディアとしての信頼度は以下のようになりました。

メディア別の信頼度と重要度
メディア別の信頼度と重要度を年齢別にプロットした図。「平成30年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」を基に松本が作成

 情報源としての重要度では新聞はインターネットに劣りますが、信頼度では新聞・テレビともインターネットに勝ります。読者の信頼に応え続けるためにも、データを理解するための技術の習得は今後さらに必要になってくるのではないでしょうか。

 もちろん、記者の足、目、肌で感じた空気を否定しているわけではありません。

 例えば私が以前に調べた「“有効求人倍率”が高ければ景気は回復していると言えるのか?」では、データ分析を基に、カラ求人の実態や、求人開拓推進員によるカサ上げについて触れましたが、実際にそれらがどれくらいあるのかの裏付けは人の力が必要になります。

 「訪日韓国人減少の損失を計算したら693億円だったが……」では、訪日韓国人の減少が日本全体にどのような影響をもたらしているかを計算しましたが、当然ながら地域によって差があるはずです。韓国人観光客が非常に多いとされる長崎県対馬に実際に足を運んで、その実態を明らかにするにも同じように人の力が必要になります。

 むしろ20年以降は、データから得た「気づき」を足・目・肌で裏付ける必要性がますます高まっていくと感じています。すでに海外では先行事例が多数出ています。

 20年が、データと報道がより組み合わされる年になると期待しますし、私自身もそのような姿勢で連載作りにまい進したいと考えています。そして、私で何かお役に立てるなら、何でも協力します。報道に携わる方々を“マスゴミ”と蔑称で呼ぶような人がいますが、私はそうは思っていません。しかし、マスコミが将来も信頼を得続けるためにはデータジャーナリズムへの取り組みが重要だと思っているのです。