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日本におけるデータジャーナリズムの現状

 日本のデータジャーナリズムの現状はどうなっているでしょうか。私は諸外国と比べて悲観するほど遅れているとは思っていません。

 19年10月に大きな被害をもたらした台風19号の浸水をキッカケに、ハザードマップは真っ赤なのに新築ラッシュが続く地域がある謎をNHKの社会部記者が追った「多摩川沿い なぜ“浸水エリア”に新築が… 徹底分析しました」は、公的データを活用した優れたデータジャーナリズムの事例だと感じました。

NHKの社会部記者が追った「多摩川沿い なぜ“浸水エリア”に新築が… 徹底分析しました」のホームページ

 文芸春秋の編集者として活躍された下山進氏が1999年に著した『勝負の分かれ目』に、日本経済新聞社元社長・圓城寺次郎氏の「重武装の記者になれ」という言葉が記されています。どのような意味合いが込められているのか、とても重要だと思うので以下抜粋します。

 (略)ジャーナリストに本当に必要なのは、目の前のことをただ報じることではなく、目の前に起きていることの意味をとらえることだ。その意味を読者に説明すること。そうでなければ、新聞記者は、ただの情報のボーダー(運び屋)になり下がってしまう。ジャーナリズムの使命とは、解釈にあるのだ。事実の優れた解釈ができる者が優れたジャーナリストたりうる。

 そしてそうした資質は、猟犬のようにニュースを追いかけることだけで磨かれるのではない。日々のニュースから時には目を離し、物事をふかんして見ること、大きな歴史の視野に立って勉強をすること、そうしたことによって磨かれていく。

 データジャーナリズムの観点で言えば、解釈し、時に俯瞰(ふかん)し、データの裏にある何かを探っていく記者であれ、と私は理解しました。データの活用を目的とした特別な記事のときだけでなく、日常の報道からデータに目を配り、また、必要があれば提示されたデータを疑うことも必要になります。

 そうした視点で見れば、日本のデータジャーナリズムの現状はまだまだなのかもしれません。その意味において「データジャーナリズム」とは手段でありながらも、心持ちの問題でもありそうです。