これまでの「テレワークによる生産性向上」をめぐる議論は、それができる環境にある人しか見ていなかった可能性があるのかもしれません。
ロンドンを本拠とするシンクタンク、経済政策研究センター(CEPR)が発表した「The large and unequal impact of COVID-19 on workers」(Adamsら)では、米国と英国において、自宅で実行できるタスク(仕事)が占める割合を年収別に調査した結果をまとめています。図を見ると年収が高まるほどその割合が高まっていると分かります。すなわち高賃金であるほど、テレワークがしやすい業務であり、またテレワークのための投資ができると見てもよいかもしれません。
この図を見る限り、米国の年収1万ドル以下の層の例外を除き、低賃金であるほど、出社しなければ仕事ができない傾向にあることが分かります。これに対し、高賃金になればなるほど自宅でできるタスクの割合は高まります。収入が高いほど、テレワークに向いた環境にあることが分かります。ただし、これまで述べてきたように、「在宅で仕事ができる」と「職場と同じ生産性で仕事ができる」は全く違う意味であることは理解しておく必要があるでしょう。
テレワークの導入は「さっさとやれ」と圧力をかけるのではなく、玉ねぎの皮をめくるように、デメリットが出る原因を探り、1つ1つ問題を除去しつつ進めることが大事だと思います。
テレワークが引き起こすメンタル問題
テレワーク環境において生産性を下げる要因の中でも、筆者が注目しているのはコミュニケーション量です。テレワークになってペットを飼う人が増えたと聞きますが、テレワークがメンタルヘルスに極めて重大な影響を与える可能性があると思っています。
本来なら、政府や自治体がメンタルヘルスに対しても、今までを上回る予算を用意すべきですが、今のところ、そこまで手が回っていないのが現状でしょう。
そうした事態を憂慮して、20年5月13日、アントニオ・グテーレス国連事務総長はCOVID-19とメンタルヘルスへの対応の必要性に関する政策概要の発表に寄せて、「このパンデミックがもつメンタルヘルスへの悪影響の側面に緊急に取り組むべく、私は各国政府、市民社会、保健当局が協力するよう促します。特に政府に対しては、きたる世界保健総会でメンタルヘルスへの意欲的な取り組みを表明するよう求めます」と緊急のビデオメッセージを流したほどです。
この場を借りて強く言いたいのは、無理をしないこと、我慢しないことです。テレワークで期待されるアウトプットが出ないからといって、それは個人だけの問題ではありません。テレワークによって生産性が低下した人をわらう社会こそ間違っています。これまでの説明の通り、テレワークはいろいろな環境を含め、向き不向きの問題であり、従来のテレワークによる生産性向上論は「向いている人だけを調査していたから」にすぎません。ある意味、恵まれた環境にある層を対象にしていたとも言えるでしょう。
無理して心労を来すぐらいなら、出社した方がよいと筆者は考えます。ちなみに筆者自身もテレワークで心労を来たし、万全の感染予防を施して出社している1人です。
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