公的統計データなどを基に語られる“事実”は、うのみにしてよいのか? 一般に“常識“と思われていることは、本当に正しいのか? 気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにしていく。
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前回に引き続き、2020年11月1日投開票の大阪都構想住民投票を取り上げます。今回は大阪都構想にまつわる各種調査を基にした論評に潜む危うさについて考えてみることにします。
朝日放送テレビ(ABCテレビ)とJX通信社が合同で開設した「大阪都構想住民投票2020」特設サイトによると、10月24~25日の調査で賛成46.9%、反対41.2%、未定・不明が11.9%だと明らかになりました。この調査は、この手の世論調査としては珍しく、毎週更新をして、新たな結果を発表しています。現時点では10月24~25日の第6回調査が最新です。
大阪都構想に対する賛否の推移
出所:「大阪都構想住民投票2020」
9月19~20日から毎週続く調査の推移を見ると、2つのことが分かります。1つは調査を重ねるたびに、回答者の中で「未定・不明」と答える人の割合が減っている点です。最新の調査では微増しているとはいえ、時間の経過とともに、熟考を重ねて賛否どちらかを決めている人が増えてきていると解釈しました。もう1つは増加傾向にあった反対の割合が10月17~18日分の調査で初めて減少した点です。相対的に賛成の割合は増加し、この時点で賛否の差は7.5ポイントに広がりました(最新の調査では、5.7ポイントとまた縮まりましたが……)。
その理由として指摘されているのは、18日に来阪し、大阪都構想の住民投票で支持者に「賛成」を呼び掛けた公明党・山口那津男代表の存在です。実際、10月17~18日の調査で公明党支持層の賛成は前回から約13ポイントアップして39%、反対は約5ポイントダウンして44.2%となりました。ただし、最新の調査では、反対の割合が増えています。公明党支持者の皆さんも、かなり心境が揺れ動いているようです。
公明党支持者層の大阪都構想に対する賛否の推移
出所:「大阪都構想住民投票2020」
ただし、遠足は自宅に帰り着くまでが遠足であるように、住民投票もまた開票が始まるまでは住民投票です。実際に何が起こるかは、当日になるまで誰も分かりません。あくまで、これらのデータは世論調査だからです。
もっとも、世論調査が全く信用できない、ということでもありません。「これらは単なる調査であり、実態を表しているとは言えない」「自分の周囲は反対が多い。ABCもJX通信社も偏った調査をしている」といった声には反論せねばなりません。
どちらの世論調査が“正しい”のか?
10月19日、日本経済新聞社とテレビ大阪の世論調査が発表され、都構想に賛成と答えた人が40%、反対と答えた人が41%、「どちらともいえない」「分からない」が計19%だったと分かりました。
ほぼ同じ調査時期の調査と比較してみると、賛成が反対を7.5ポイント上回っているABCテレビとJX通信社の調査とかなり違って見えます。「どちらが“正しい”のか?」といった反応を示す人も、少なからずいるかもしれません。答えは「どちらも正しい」です。
世論調査はあくまで「標本調査」であり、今回は「大阪市に住んでいる18歳以上の有権者」から何百人かを抽出した調査です。本来なら、選挙人名簿に登録された18歳以上の大阪市民約224万人全員に「賛成ですか反対ですか」と聞き、かつ必ず回答してもらう全数調査をすればよいのですが、費用がかかって仕方がないので人数を絞って調査を行います。ただし人数を絞り込む分、精度は落ちます。
「どちらも正しい」と述べたのは、日本経済新聞社とテレビ大阪の世論調査も、ABCテレビとJX通信社の世論調査も、大阪市民を対象に標本を抽出し、その範囲内で聞いた調査だからです。全く同じ日に調査Aでは1000人、調査Bでも1000人に聞き、標本の抽出方法に作為性がなかったとしても、2つの調査に数%の違いは出ます。この誤差を「標本誤差(sampling error)」と呼びます。
もちろん標本と全数の差分が少なくなればなるほど、標本誤差は小さくなります。もっとも、標本が2000を超えると、その数を3000や4000に増やしたところで誤差はあまり変わりません。
ちなみに、日本経済新聞社とテレビ大阪の世論調査は標本数が512件、ABCテレビとJX通信社の世論調査(10月17~18日)は標本数が1044件と2倍の差があります。つまり前者は反対41%に対して±4.3%の誤差があるでしょうし、後者は反対40.4%に対して±3.0%の誤差があるでしょう。そう考えれば、反対派はだいたい全体の4割程度なんだな、という理解で十分です。
一方、賛成の割合については誤差の範囲内でギリギリ重なっているとも言えますが、7.5ポイントとかなり差があるのも事実です。両者のデータの違いは、回答者に対する「聞き方」の違いによって、「賛成」と「どちらともいえない」「分からない」が入れ替わったのかな、と筆者は推察しています。
例えば、内閣支持率を調べる日経新聞の調査では「内閣を支持しますか、しませんか」と質問し、回答が支持か不支持か不明確だった場合には「お気持ちに近いのはどちらですか」と重ねて聞きます。一方、共同通信や朝日新聞は2回目の質問はしません。その結果、内閣支持率が標準誤差を超えて大きく異なる傾向が表れる場合があります。
「そんなことぐらいで傾向が変わるのか」と思われるかもしれません。ただ、実際そうなのです。今回の日本経済新聞社とテレビ大阪の世論調査がどのような聞き方をしているのか、その詳細が分からないので何とも言えませんが、恐らくはABCテレビとJX通信社の世論調査とはこうした違いがあるのだろうなと思っています。
聞き方1つで大きな違いが生まれるので、同時点での違う媒体の世論調査比較はなるべく避け、同じ媒体の世論調査の時系列での変化を見た方がよいでしょう。その意味においてABCテレビとJX通信社が毎週調査を発表するのは理にかなっていると言えます。
ちなみに、私自身もJX通信社の人間なので「身びいきするな」と叱られそうですが、本プロジェクトには関わっていませんのでその点はご了解ください。もっとも、個人的な心境としては「他のメディアももっと高い頻度で調査してよ」とは思っています。
大阪市が廃止されるということを知らない人が多い?
どういった内容であれ、数字で表現されると「そういうものか」と信じてしまいがちです。
京都大学大学院の藤井聡教授は9月30日、自身のTwitterに「2015年の大阪でのアンケートで『都構想で大阪市はどうなるか?』と聞いて、廃止と『正解』したわずか8.7%の方々の9割が反対」と投稿しました。その後10月に、その話を含めた記事「『大阪都構想』賛成の方にこそ知ってほしい『二重行政の真実』」をネット媒体に掲載し、かなりシェアされていました。
ただし、Twitterの投稿では、取り上げた「アンケート」の調査元や手法が示されていなかったためこの話を「真偽不明」で片付けていらっしゃる方も多いようです。ちなみにこのデータは「大阪都構想を巡る影響に関する有権者の理解度と投票判断の実態検証」論文における調査に基づいたもので、藤井氏はこの調査を基にした資料(データで振り返る「大阪ダブル選挙」)のキャプチャーをTwitterに投稿したのだと思います。なお、上記の論文は大阪都構想の認知度に迫ろうとした数少ない論文の1つではあります。
それにしても、「都構想によって大阪市はどうなるか?」と聞いて、僅か8.7%しか「大阪市は廃止される」と「正解」していないと言われれば、「いまだに大阪都構想で大阪市が廃止されるということを知らない人が多いようだ」と思いがちです。しかし、さすがにそれは「無理筋」です。
1つ目。藤井氏ご自身も10月の記事で記載された通り、引き合いに出されたデータは15年時点のものです。今回の「大阪市を廃止し特別区を設置することについての投票」と何ら関係がありません。そもそも今回の住民投票の名称に「大阪市を廃止し」とある以上、今も90%以上の人がこのことを知らずにこれから投票をして、間違った選択をする恐れがあるとした記事には無理があるように思われます。
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