公的統計データなどを基とに語られる“事実”はうのみにしてよいのか? 一般的に“常識“と思われていることは、本当に正しいのか?気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにする。
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統計不正は現在進行形の「事件」
昨年末から話題に上がっていた、「毎月勤労統計」などの統計不正問題。一時は国会をも揺るがす大問題になりましたが、いつの間にか「過去の事件」として忘れられていないでしょうか。
しかし、そうではありません。全省庁が血眼になって不正を探し、見つけてもなお、後から不正が発覚しているように、統計不正は今なお現在進行形の「事件」なのです。
19年8月16日、民間企業の賃金や労働時間を把握する「毎月勤労統計」において、大阪府の調査員が実態とは異なる虚偽の数字を報告(14年以降、642回の虚偽報告)していたことが明るみに出ました。
時を経ずして8月26日、今度は「最低賃金に関する基礎調査」において、大阪労働局が調査票を水増し(14年~18年の5年間で1527件の調査票自体をねつ造)していたことが明るみに出ました。
探ればまだまだ出るでしょう。果たして、この「底なし沼」状態の現状を改善する方法はあるでしょうか。今回は、03年~18年まで日本銀行で「全国企業短期経済観測調査」(短観)や「マネーストック統計」などの作成に携わってこられたエコノミストの鈴木卓実さんに、統計の現場で何が起きているのかを取材しました。
「毎月勤労統計」の不正発覚後の主な統計不正
2018年12月 |
「毎月勤労統計」の不正発覚 |
2019年1月 |
総務省、基幹統計56のうち22統計で不適切な手続きミスと発表 |
1月 |
「薬事工業生産動態統計」に誤りがあることが判明 |
1月 |
総務省と厚生労働省、「賃金構造基本統計」の統計不正を発表 |
2月 |
「小売物価統計」、大阪府での価格調査の不正が発覚 |
3月 |
「商業動態統計調査」で虚偽報告が判明 |
3月 |
厚生労働省、「人口動態調査」に報告漏れがあったと発表 |
5月 |
総務省統計委員会、政府の288統計のうち178統計に問題と発表 |
5月 |
「毎月勤労統計」でデータ取り違えがあり、確報値の公表を延期 |
8月 |
「毎月勤労統計」で不適切な調査が行われていたことが判明 |
8月 |
「最低賃金に関する基礎調査」で担当者が調査票を水増し |
統計制度の複雑骨折、4つの課題
鈴木さんは以前から「統計制度が複雑骨折している。全治10年はかかる」と指摘されています。具体的には「チェック機能の崩壊」「統計調査の外部委託」「ヤミ統計の横行」「制度の疲労」の4点を指摘します。
「18年末に明るみになった毎月勤労統計の事件では不正がないかチェックしたのに、19年8月に同じ統計で再び不正が発覚しました。いったい、どういうチェックをしたのでしょう? それを指摘する報道もなく、政治家もいないのは、おかしいですよね」(鈴木さん)
何をチェックするか、大きく2つの観点があると考えます。
1つは数字の誤記入。過去には、国土交通省の建設工事統計で「百万円」と「万円」の書き間違いがスルーされ、兆円単位で誤差が生じています。厚生労働省の薬事工業生産動態統計でもコンドームの生産数量が約15倍多く誤計上されました。このチェックは、現場で対応できます。
もう1つは数字の不正。8月に発覚した「最低賃金に関する基礎調査」の不正は、似たような数字を並べたり、他の調査票をコピーしたりして、現場の人間が勝手に数字を操作していました。このチェックは、現場を監督する中央官庁にしかできません。
「多くの統計調査は地方に委託していて、回収されたデータは間違いないという善意の下で統計制度が成り立っています。単なる誤記入も、回収するタイミングで統計調査員や中央官庁の担当者が指摘できればよいのですが、足腰が弱まっていてちょっと難しい。現場も中央官庁も統計にそこまでの理解も無ければ、理解するための時間もない」(鈴木さん)
足腰が弱まっている理由として、鈴木さんは統計調査の外部委託の多さを指摘します。通常、省庁が統計調査をする場合は総務省に届け出をします。しかし審査に時間がかかるため、逃げ道として「調査の外部委託」が選ばれています。この場合、調査実施者が民間企業になるので、法律上は審査を受けなくても問題ないのです。
ちなみに政府の事業支出が検索できる政策シンクタンクの「構想日本」の「政府の事業が検索できるサイトJUDGIT!」で、リサーチと付く主要支出先を検索するとさまざまな企業名がヒットします(詳細はこちら)。そのほとんどは調査の外部委託によるものです。
外部委託ばかりで調査設計能力が落ち、基幹統計・一般統計の集計ミス、作業ミスにも気付かなくなったというのが鈴木さんの見解です。
構想日本の「政府の事業が検索できるサイト JUDGIT!」。主要支出先検索で「リサーチ」をキーワードにして検索すると、企業名がリストアップされる
もう1つ厄介なのは「ヤミ統計」です。総務省の「統計法に関する説明」から抜粋します。
統計調査は、統計の作成を目的として、個人または法人その他の団体に対し事実の報告を求めるものです。国の行政機関が行う統計調査は、「基幹統計」を作成するために行われる「基幹統計調査」と、それ以外の「一般統計調査」とに分けられます。なお、統計調査には、意見・意識など、事実に該当しない項目を調査する世論調査などは含まれません。
外部委託せず、自分たちで統計調査をすると統計法に引っかかります。統計法の対象となると、「あらかじめ総務大臣の審査・承認を受ける必要」があります。時間もかかり、統計局にあれこれ言われるようです。急いで作成する必要があるなら外部委託した方が格段に早い。これが外部統計が増える理由の1つになっています。
一方、上記文面にあるように、意見・意識という名目の“アンケート”なら統計法の範囲外になります。この法の隙間を突いたのが「ヤミ統計」です。
18年の働き方改革法案の審議で、裁量労働制の労働者と一般の労働者の労働時間を安倍首相が引用し、その後、データ不備が発覚した「平成 25 年度労働時間等総合実態調査結果」ですが、もともとが「ヤミ統計」だったから起こったのではないか、と鈴木さんや私は考えています。
その他にも、農林水産省大臣官房統計部が発表した「有機農業を含む環境に配慮した農産物に関する意識・意向調査」や、内閣府が発表した「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」は外部委託先の記載がないので、「ヤミ統計」ではないかと鈴木さんや私は考えています。
しかし、農林水産省や内閣府に聞けば恐らく「これは統計ではなく単なる世論調査だ」と言い切るでしょう。世論調査と言い切れば統計法の範囲外なのです。
ちなみに1999年3月に、経団連から「わが国官庁統計の課題と今後の進むべき方向」と題した提言が発表されましたが、その中にも「報告者負担の軽減のために」の段落にヤミ統計が登場します。ここ10年で登場した話ではなく、20年、それよりもっと前からある根深い問題だと鈴木さんは指摘します。
「現場では統計法をギチギチに守るのはやってられないと、ヤミ統計に逃げるのですが、それは役所の論理です。もう、やり方を変えないといけない」(鈴木さん)
「制度疲労」を見て見ぬふり
考えてみれば、この2年間は「役所のデータがおかしい」と皆が気付き、かつ問題の根本原因を改めるチャンスでもありました。しかし、あらゆる問題が「集計のミス」「個人のミス」と矮小(わいしょう)化されてしまい、その結果、小さな問題が波状攻撃のように発覚していると思っている人も多いかもしれません。
しかし、それらのミスは「人材不足」に集約されると鈴木さんは主張します。
「統計部署は国会折衝があまりなく、閑職扱いというか、心身を休ませるためのポストと位置付けている役所が多いのです。それもあってか、公務員改革のたびに思いっきり人が減らされてきました。予算はあるけど内部に人がいないから、外部委託ばかりしています。とにかく現場が弱くなってしまった」(鈴木さん)
その結果、集計ミスが続発してしまいます。さらに、数字のチェックもされないならごまかしたってよいとするマインドの低下も招いたと鈴木さんは考えます。
だったら人を増やせばよいと考えますが、このご時世に「公務員増員」は反発を招くでしょう。それに「人が増えたからすべて解決します」というのは悪魔的発想です。従業員のストライキで営業を停止した東北自動車道の佐野サービスエリアが、あわてて別のアルバイトを雇ってもうまく回らなかったのと同じで、「これまでの知見」「積み重ねた個人の経験」「場数」「慣れ」があって、ようやく一人前になるのです。
鈴木さんは「GDP(国内総生産)基準年変更や国勢調査など大規模調査を経験して、こうやるのかと覚えないと無理。だから人材の育成には5年はかかる」と言います。
そんな中、統計に起きている大問題が「制度疲労」です。タワーマンションのような防犯設備の整った環境を持つ住宅が増え、家計調査などの依頼すら難しくなってきています。それ以外にも、単身世帯の増加、高齢化など、日本を取り巻く環境は大きく変化しています。それに対応した統計や統計手法を考えなくてはいけないのです。
「家計調査」統計を作るためのハードル
- 精緻な記入の難しさ(誤記入の発生可能性)
- 単身世帯の増加(社会構造の大きな変化)
- 協力世帯の減少(家計簿以上にめんどくさい作業)
- オンライン移行の困難さ(デジタルへの世代別の対応、回答率の違い)
統計の制度疲労がもたらすハードルを「家計調査」を例に挙げてみた。「家計調査」は「6カ月間(単身世帯は3カ月間)、毎日のすべての収入と支出を家計簿に記入」する。家計調査に関するQ&A(回答)より。2002年からは貯蓄・負債も調査されている(※「家計調査」は一部オンライン化が始まっています)
誰が将来の統計の在り方を考えるのか
デジタル化を含め、より精度の高い統計を作るための議論が必要ですが、そこで問題になるのが「人材不足」です。「ビッグ・ピクチャーを描ける人がいない」と鈴木さんは主張します。
「統計はいろいろ言われていますが、毎月勤労統計問題を除けば、意図的な悪事はなく、むしろ意図的な不作為(統計制度を変えないといけないのに変えなかった、現場でデータの不正が起きやすいような体制なのに改めなかったということです)が多いんです。多くの人がアベノミクスが統計偽装をもたらしたと考えているかもしれませんが、それは誤解です。回答率すら下がり続ける統計をどう変えるのか。20年以降の統計の絵図を誰が描けるのか。そういう話を本来はしなくちゃいけない」(鈴木さん)
筆者も鈴木さんの意見には同意で、安倍首相が退陣すれば統計問題が解決するかといえば、そうではないでしょう。そんなこじつけより、統計の「現場」を立て直す施策を一緒に考えられないのでしょうか。
しかし、鈴木さんは「若手の政治家に頼るしかない」と諦め気味です。
「中堅・ベテランは統計の数字が変でも、今すぐ影響を受けないんです。でも確実に未来をむしばむ。だから若手政治家に、あなたたちが大臣や総理に就任する頃、手元の数字がでたらめだったら困るでしょう。そう言うしかない」(鈴木さん)
統計は英語で「statistics」と書き、国家(state)や状態(status)と同じ語源のラテン語に由来しています。国家の状況を表す言葉として使われるのが統計なのです。統計は今の日本を表現できているのか? 私は関係者に、そう問いたいと思います。
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