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最低賃金は貧困対策の最善策なのか?

 そもそも、何をもって「貧しい」とするのかは主観によって違います。貧困を気持ちの問題で済ませるつもりは全くないのですが、客観的な測り方が必要です。

 実は「貧困」には明確な定義があります。厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、「手取りの世帯所得(収入から税や社会保険料を引き、年金等の社会保障給付を足した金額)を世帯人数の平方根で割った等価可処分所得の中央値の半分」=貧困線(相対的貧困ライン)と決まっています。

 仮に手取りの世帯所得が400万の場合、世帯人数が2人なら「400÷√2」で約283万円、3人なら「400÷√3」で約231万円が等価可処分所得になります。

 貧困線は調査対象が多い大規模調査年のみ集計しています。最新の「平成28年国民生活基礎調査」によると等価可処分所得の中央値の半分である貧困線は122万円だと分かっています。仮に単身30代労働者なら、税引き前所得の年収は約150万円と計算できます。年間2000時間(週休2日8時間)労働と仮定すると時給は750円。2019年度の改定後は、どの県の最低賃金よりも下回ると分かります。

 この結果を単純に見れば、最低賃金の上昇は世帯所得の向上につながり、相対的貧困から抜け出せる糸口になるように見えます。

 しかし調べてみると、そうではなさそうな分析もされています。2009年に発表された一橋大学の川口・森論文によると、2002年において最低賃金で働いていると考えられる労働者の約50%は、年収が500万円以上の中所得世帯の世帯員だと分かりました。

 一方、最低賃金で働いていると思われる労働者の中で、年収が199万以下の世帯主は全体の9.53%と少ないのです。年収299万以下まで対象を広げてみても、最低賃金で働いている労働者全体の14.91%にしかなりません。相対的貧困層が必ずしも最低賃金以下で働いているわけではないということになり、最低賃金の上昇が貧困対策の最善策とは言い切れないことになります。不思議な感じがします。

 もっとも、対象とするデータが1982~2002年の就業構造基本調査ですから、17年もたてば、状況は大きく変わっているのではないかという意見もあるかもしれません。

 そこで2017年に発表された大阪大学の明坂・伊藤・大竹論文に着目してみました。こちらは1992~2012年の就業構造基本調査を用いています。しかし、それでも「2012年時点では最低賃金労働者の多数派は貧困世帯に属していない」と指摘されています。

 これらの結果から、多くの貧困世帯は我々が普通に考える「働いているのに貧しい(だから賃金あげろ)」ではなく、「そもそも働けなくて貧しい」という世帯が大半の可能性が考えられます。もちろん最低賃金近辺で暮らすこと自体は大変だと思いますが、「貧困から抜け出させろ!」と言われると、ゴメン、あなたよりも貧しい人がいるかもしれないから、先にその方たちを……と思うのです。その人たちがどんな状況なのかが分かっていないのです。それを調べる必要があります。最低賃金に関する議論をする際には、こうした問題意識も大事だと私は思います。