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様々な顔を見せる事実のあぶり出しが重要

 「“普通だったらおかしくなる”147日間連続勤務」というオピニオンの混ざった解像度の低い表現ではなく、日数単位、時間単位で細かく見ることによって首相の勤務状況をより明らかにできました。

 「147日間連続勤務」をデータ分解してみると、様々な捉え方ができると分かりました。例えば、勤務時間だけ見れば、19年も20年も大きく変わらないということも明らかになりました。ただし、それをもとにどう判断するかはまた、別の問題です。麻生副総理は「連続日数」で個人の考えを述べましたが、勤務の「時間」「(連続ではない)日数」など他の視点から意見を述べる人がいてもよいはずです。

 連続日数の内訳なんてどうでもいいじゃないか、松本も暇だな、と思われるかもしれません。しかし私にとっては、物事を知る上で「事実」をどう分析するかはとても重要な要素だと確信しています。なぜなら事実は分析次第で様々な側面を見せるからです。人は事実をもとに、意見を述べます。しかし、事実の捉え方が乱暴であれば、意見も乱暴なものになる可能性があります。

 本連載の趣旨に、「“事実”は本当にうのみにしてよいのか?」というものがあります。もし自分の意見に合わせて都合よく事実を解釈する人がいたら、どうなるでしょう。誰かが「事実の見方が単一的だ」「解釈にゆがみがある」と指摘しなければ「誰かにとって都合のよい事実」だけが残るかもしれません。簡単にうのみにしてよい事実などないのです。

 麻生副総理は、安倍首相の体調不良問題に対して、連続勤務日数という「都合のよい事実」を使って見解を述べたのでしょう。しかし、勤務時間や勤務日数そのものの多寡、そして、1時間程度のミーティングを休日に実施することが本当に必要だったのかなど、“事実”をもっと多面的に深掘りして考えるのも大事でしょう。そうしたスタンスでキチンと “事実”を分析してみるメディアがいなくて、どうするというのでしょうか。

 事実を多面的に見ていく。それがメディアの役割の1つだと考えています。